天を翔る新幹線
空を翔ける新幹線。
物質の分離と構築の技術を利用した新幹線で、地上、空中都市、天空都市(月の都市)、他の惑星に行くための移動手段として使われる。
この新幹線が完成した時の世界の反応は、半信半疑のものだった。
走っている物が分離、再構築することは別によかったのだが、「乗車している人は大丈夫か、危険はないか」と言われていたからだ。
現在も走っているから大丈夫なのだが、乗車する人は、乗る前に必ず薬が入った飲料水を飲むことになっており、この飲料水が人を新幹線の分離と構築にリンクさせる物だ。
と言うわけで、これから自分も乗ってみることにする。
「準備、オッケーだな。それじゃ、行くか」
キャリーバッグを、ガラガラと音を立てながら、目的の新幹線の下へ向かう。
駅内はクリスタルのように透き通っており、幻想的空間になっている。
空から注ぐ太陽の光が駅全体を照らしているのに、上を見上げても全く眩しくない。
「っとと、行かなきゃ」
今から一時間後に出発する新幹線まで、見回りたいがキャリーバッグを、引きずりまわりたくないので、大きめのコインロッカーに預けて軽荷だけで見回る。
簡素な創りでお土産コーナーや、コンビニも存在しているが、周りと同化するようにクリスタルで店内が構成されている。
地上以外で知り合いはいないが、お土産コーナーに自分は足を運んだ。
店舗に並べられている物は、紛れもなくお菓子のお土産なのだが、棚も透き通っているので慣れないと浮いているようにも見える。
饅頭二十個入りのお土産を手に取り、内容を確認する。
「どれ見ても思うけど、暖かな光を纏っているように見えるな」
饅頭一つ一つに、縁取るように黄色く光を纏っている。
サンプルの説明文を見ても、それらしき物はなかった。
不思議だと思いつつ、他の物に目移りしていると、四角錐の面と面をくっつけた六センチくらいのクリスタルで目が止まった。
クリスタルの中心部には、フィクションにあるような柔らかい光と、それを中心に円を描くように飛び回る小さな光の粒が八つ確認できた。
それぞれ不規則に飛び回りながら、全くぶつかる様子はなくて、自分はそのクリスタルに惹かれていた。
「このクリスタル、綺麗だなぁ。キーホルダーかな?」
クリスタルに付いている紐を摘み、近くに寄せて覗き込む。
太陽系のように回り続ける光に夢中だったようで、いつの間にか隣で店員さんが自分を見ていた。
びっくりして、体がはねてしまった。
「お気に召しましたか」
「ああ・・・あ、そうだ。このクリスタルって何なんですか?」
「そちらですか――」
やっぱりキーホルダーだったみたいで、商品名のダグが落ちていた。
ダグには「光の原理」と書かれていた。
「そのクリスタルは、この駅にある新幹線の分離と構築の、第一歩となる物だと言われています」
「そんなすごい物が!?」
「いえいえ、そちらはレプリカでして、クリスタルの中で回っている光の減少が、その発見に関わった物なので、新幹線駅の象徴として作られています」
感心した自分は、キーホルダーを購入しお土産コーナーを後にした。
気に入ったキーホルダーを覗き込みながら歩いていき、お弁当コーナーで四五五円の唐揚げ弁当と五百ミリリットルのお茶を購入した。
◇◇◇
見回っていて気づいたのだが、店員以外全く人がいない。
少し不気味に感じているが、どの店の店員さんも動揺してなかった。
近くのインフォーメーションで聞いてみた。
不安な表情を見せていたのか、駅員の人は自分の顔を見て笑みを浮かべて答えてくれた。
「その件でしたら――」
なんと、この駅全体その人が必要な者しか見えず干渉できずで、別に人がいない訳ではなかった。
安心したが、それでもこれだけ広い駅で、一人だけしか歩いていないのは心細い。
恐々としながら、長椅子に腰を降ろし電光板でまだなのかと、確認するが十五分しか経っておらず少し手持ち無沙汰を感じた。
お上りさんのように、キョロキョロと見回すと気になる物を見つけた。
展示されるように置かれている、新幹線の模型だ。
近くで眺めるが、昔あった新幹線と殆ど変わらず、あまり面白みがない。
「この模型に何か、ギミックでもあったら面白いんだけど・・・」
指でなぞるように、新幹線に這わせていると、新幹線の頭部における部分が消えていった。
「え!? あれ!?」
そのまま模型の新幹線は、頭部から徐々に消えていき、台座から完全に姿を消してしまった。
慌てふためく自分に、駆け寄ってくる駅員が。
真顔で近づく駅員に、腰を折って頭を下げた。
「すみません! 何かしたわけじゃなく、勝手に消えましたがすみませんでした!」
急に謝ってきた自分に、驚いた駅員だが落ち着いて説明してくれる。
「いえ、大丈夫ですよ。こちらの模型は新幹線に搭載された、分離と構築を表現した物でして、二分ほどで元通り姿を表します」
「え・・・?」
駅員の説明で待ってみると、驚くことに光が集まっていき、瞬間にして新幹線が現れていた。
「す、凄い!」
どうなっているのか、もう一度やってみたいのだが、全然消えてくれず、三分後にまた消えるようになると、駅員が説明をしてくれた。
慌ててしまうハプニングがあったが、楽しく感じることが出来たので良しとした。
◇◇◇
「あと三十分か」
残り三十分で新幹線が出発する時間になる。
そろそろ行こうかと考えていたら、凄い物を見つけてしまった。
「あれ、もしかして!」
改札口はまだ通っていないが、その向こうの壁に本物の新幹線が見えた。
すぐに、改札を通り目的のガラスまで近づく。
「おおお! これがっ!」
ガラスの向こう側に、初期に作られた新幹線が展示されていた。
額を押し付ける勢いで、ガラスの死角となっている場所を見ようとするが、すぐに来るからと思いホームに上がっていった。
ホームに上がれば一面クリスタルのように、透き通った柱や床や天井が目に入った。
「凄い、透き通っているのに、向こう側が全く見えない」
まるで子供のように、腕を柱の向こうに回して見ていた。
「それにしても、全然向こうが見えないな」
ホームは透き通っているが、空間は霧がかかったように白く、十メートル先が全く見えない。
不思議がっていると、新幹線の到着サイレンが鳴り響き、六号車の白線に並んだ。
サイレンが鳴り終わると、すぐに新幹線は到着し扉が開き、新幹線に足を踏み入れた。
小さい感動が湧き上がり、指定の番号部屋に入り座り込む。
「なんだか、すっごく快適な座り心地だなぁ。寝てしまいそう」
出発時の小洒落た音楽と共に、新幹線は駅を出発した。
「それでは」
袋から取り出したお弁当とお茶を、小さな台に並べる。
「ん? ・・・あ!?」
この時になって初めて気づいてしまった。
と言うよりも思い出した。
「キャリーバッグ・・・ロッカーに置きっぱなし・・・」
若干涙目になりながら、取られる心配がないと思い、すぐに気持ちを入れ替えて楽しむことにした。
閉じられた窓のカーテンを、両サイドに大きく開く。
「おおお・・・!」
窓の外は金色に輝く、不思議空間を映しており、自分は心打たれ見入っていた。
「ワームホールって、こんなにグネグネしているんだ~。ちょっと酔ってしまいそう・・・」
お茶を手に取り、ちびちびと飲みつつ息を整える。
体調も良くなり、もたれ掛かっていた背を伸ばしてお弁当に手をつける。
「いただきます」
手を合わせ感謝の言葉を告げて、唐揚げに箸を伸ばして口へ運ぶ。
「美味しい・・・けど、外がこれじゃあなあ・・・」
美味しい食事は、美しい景色と共に食べると、もっと美味しいと感じる自分は外の不思議空間に若干の不満を抱いていた。
「素晴らしくて面白い空間だけど、食事の時まで見たくないかな・・・」
そう言って副菜を食べる。
◇◇◇
「はあ、ん? なにこれ?」
手元の肘掛けに、一から九までの数字が浮き出た丸いボタンに、注意が向いた。
表面を指で撫でて、浮き出た数字を肌で感じながら、恐る恐るボタンを押した。
「? っ! うわぁぁぁ・・・」
変化は窓の外に起こり、グネグネだった不思議空間はゆっくりと姿を変えた。
外には、陽の光が反射してキラキラと輝く、海の姿が広がっていた。
「綺麗だ・・・」
地上を走る電車で、一瞬だけ映って感動する気持ちが長く感じた。
「ハ、ハァァァ・・・!」
外の風景は少し変わり、海上を走り始め窓に額をくっつけ車体の下を覗くと、車輪が小さな水しぶきを上げて、伝わってくる車輪の振動が本物だと錯覚させてくる。
窓にくっついた状態のまま、視線を車体の後方に向けた。
「おおお・・・!」
滑らかな弧を描く後続車両も、同じように水しぶきを上げて、照らされる陽の光が車体を反射し、綺麗な一つのキャンパスを覗いているようだった。
「はあ、綺麗だったなあ」
美しさに感銘を受け、席に腰を落ち着ける。
瞬間車内放送が流れる。
『間もなく、大湯、大湯に停まります。お出口は左側です――』
「大湯・・・空中都市の駅で、温泉が集まっている場所だったかな?」
新幹線は甲高い音を鈍らせながら速度を落とし、ゆっくりと停車した。
扉が開く音と共に、人が乗り降りする。
「外は、あれ? お?」
先ほどまでの海の風景は、動きを止めて小さな駅に停車していた。
「大湯って、大きめの駅じゃなかったっけ?」
この時の自分は知らなかったけど、外は大湯に停まっていたが、窓に投影している風景も、新幹線の前進と停止に合わせて動いていると、後から来た駅員に聞いた。
「分かんないから後から聞いてみよ」
深く考えずに、止まっていた箸を動かした。
◇◇◇
「お、動き出した」
外に目を向ければ、止まっていた風景が流れ始める。
食べ終わったお弁当をビニール袋に詰め込み、ほっと息を吐いて肘掛けのボタンに手をかける。
「それじゃあ、次っ!」
好調な自分は真ん中の、五の数字が書かれたボタンを押した。
「ん? へ?」
意表を突かれたような抜けた声が出てしまう。
「ここって・・・荒野?」
煌めく青も、揺れる緑も存在しない大地が、永遠と続いていた。
窓に若干映ってくる砂埃に苛立ちながら、目線は地平線の遠くへ向けた。
「・・・小さいけど、あれってエアーズロックだよね?」
地平線にポツポツある起伏の中で、一際大きい岩があるが、遠すぎて他の岩と同じに見えてしまう。
「と言うか、もしエアーズロックだとしても、荒野にあれは無いはずだけど。まあ、深く考えても仕方がないか」
作った人のミスだと考え、次のボタンを押した。
◇◇◇
「うわあぁ、今度は満天の星空かぁ」
外は真っ暗になり、空に浮かぶ星々と月の柔らかな光によって、自分の気持ちを盛り上げる。
海のように地平線は真っ平らで、真っ直ぐみるだけでも輝く星々が目に入る。
視線を少し上げて空に浮かぶ月を見れば、興奮しているせいかいつもよりも大きく見えてしまう。
空を翔ける新幹線に相応しい景色に、息をすることすら忘れて、自分はその世界に見入った。
◇◇◇
――ピンポーン――
新幹線の車内放送に少し身体が跳ねて、腕時計で時間を確認すると、夜空の景色を見始めて四十分経っていることに驚いた。
「ありゃりゃ、そんなに見てないつもりだったけど、結構時間が過ぎてるな」
婦瑞駅に停車する車内放送の声を耳に席を立ち、お手洗いを済ませる。
乗車してくる人に紛れて、自分の席に座る。
「本当だったら、この天空都市で降りるつもりだったのに。切符買い直して、帰ろう・・・」
自分のミスに肩を落とし、荷物を持って下車する。
自分を最後に、掃除道具を持った人達が車内に入って掃除する姿が、新幹線の窓越しに確認出来た。
相変わらず透き通っている駅の改札を通り、コンビニへ向かいお金を下ろす。
窓口に並んでいる列に並び、自分も同じように切符を買った。
運良く予約席が取れたが、来る時の個室は満席で普通の予約席になった。
改札に切符を通し、ホームから再びやって来た新幹線に乗り込んだ。
◇◇◇
予約席は普通だったが、窓際席で外を覗けばこれはこれで悪くないと感じた。
帰りも同じように外を見るが、個室と違い窓が特殊な状態ではなく、綺麗な夜空を彩っているだけだった。
肘をついて、ゆっくりと気持ちを落ち着けていると、小腹が空いて近くを通る車内サービスに声をかけて、十個入りのお饅頭を買って外を眺めながら、お饅頭を噛み締めた。
◇◇◇
重い瞼を開けば、車内放送が鳴り響き目的の駅に、戻ってきたことを理解した。
「いつから寝てたかな?」
お饅頭を食べたくらいから自分の意識は無く、現状は背もたれに体を沈めて、ゆったりと寛いでいる体勢だった。
寝違えたように痛む首を押さえて、軽く背を伸ばしていると新幹線の停車する、低い音が聞こえた。
「いけないっ」
足元に置いていた荷物を肩にかけて、下車する人の列に並ぶ。
完全に停車し、扉が開けば一人ずつ降りていき、自分も流れるように下車する。
昼間に来ていた時の印象と変わった駅のホームに、キョロキョロと見回し最後の楽しみを堪能しつつ改札へ向かった。
「あった!」
改札を抜ける前に、自分のコインロッカーを見つけて声を上げて、一番に改札を抜けてロッカーを開く。
「あ~ミスしなかったらな~。もうちょっと楽しめたんだけどなあ」
ロッカーから取り出したキャリーバッグをガラガラと引く。
「また来ますっ」
「はい、またどうぞ」
駅員に挨拶を述べ、自分は夜の月光に輝く駅を背に、家路についたのだった。
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