74:六月六日その③
「あら、随分お元気な様じゃない要」
「お、おう」
「美理亜ちゃん、男の人って死に瀕したときに、子孫を残そうって言う本能が働くらしいんですよ。だから元気になるんだ、って知ってました?」
「へぇ、いいこと聞いちゃった。これからもっと元気にしてあげよっか、要」
「…………」
何でこんな時間に……という疑問はさておき、突如現れた既存の女どもの手によって、俺の命は脅かされている。
こいつらが言っているのは、色っぽかったり艶っぽかったりという、魅力的な方ではなく、物理的に俺を痛めつけて更に元気に、みたいなニュアンスなんだと思う。
怪我がまだまだ治らないということもあって、変な汗が止まらない。
「この人ってあれだよね、こないだの看護師さんの……」
「高嶋さん、だったか」
「私の記憶が確かなら、高嶋さんは要くんのお風呂も面倒見ていましたよね」
「…………」
まだ日中だし十分明るいはずなんだが、何だろう……この部屋だけがやたら暗く感じる。
そしてその暗く感じる中でこいつらの目が不気味に輝いている様に見える。
「まぁまぁみんな……ちゃんと話くらい聞いてあげよう?」
とっても味方っぽく聞こえるだろ?
どっから声出してんだよ、ってくらいくぐもった感じの声で、とてもじゃないがこれが女の声とは思えない、富岡の声。
怨嗟の声ってこういうの? っていうのを体現してる。
何言っても返ってくる答えが同じなんじゃないか、というのが予感ではなくもはや確信として俺の体には刻み込まれている。
「あれだ……一つだけ誤解のない様に言っとくぞ」
「どうぞ」
「……その目やめろ。お前らが思ってる様なことはねぇよ」
「服脱がせてたじゃない」
「脱がせてたんじゃねぇよ! 大体何で俺がこんな年増処女……」
と、そこまで言って左足に衝撃が走る。
高嶋が立ち上がり様に俺の足を踏みつけたのだ。
「それ以上余計なこと言わない方が、要くんの為だと思いますけど」
「これ以上怪我増やそうってのかこいつ……」
「デリカシーないのは元々だけど、優木くんのは身を亡ぼすレベルだからそろそろ考えて喋った方がいいんじゃ……」
「いや、そんなことはいいんだっての。聞けって。いろいろあったんだって。っていうかこの女が元々俺のこと付け回して……」
俺の中では、ここで冷たい目を向けられるのは高嶋だろうと思っていた。
ストーカーなんて真似、普通に考えて風当たりが強いはず。
そう思っていたのは、もちろん俺だけだったんだけどな。
考えてみたら、こいつら全員おかしいやつなんだってことを、俺はすっかり失念していた。
富岡だって壮絶なストーカーだし、その富岡の擁護に回る様な連中なのだ。
ここで俺の味方になろうなんて酔狂なやつもいないだろう。
「……お、俺のせいで怪我させちまったから、近くだったし手当だけでも、って思って連れてきたんだよ」
「へぇ、要くんの……」
ここで漸く、こいつらも聞く意志を示す。
「というか……怪我をさせたというのはどうやら本当らしいな。話は後だ。先に手当をしようじゃないか」
さすが先輩、話がわかる。
半裸の年増に先輩が湿布を貼ってやり、漸く絵面的にNGでなくなった俺の部屋。
こんなこと考えてるなんて知れたら……って、池野さんがいるんだった。
あの人の方を見るのは、俺の寿命を縮める結果にしかならないな。
「そっかぁ要くん……私もそんな風に思われちゃう日が来るのかぁ……」
「…………」
時すでに遅しってな。
一応の事情は説明したが、当然こいつらが納得しているはずがなかった。
「まぁ……ナースに憧れる気持ちはわかるが……」
「いや、俺一言でもそんなこと言いました? 大体今私服なんだからただの年増……お姉さんでしょ」
「言い直さないでいいですよ。年増、そうですね。十も年上なんですからそう見えても仕方ないです、ええ」
「…………」
正直なのはやはり今の時代では損をすることの方が多そうだ。
いや、ぶっちゃけたことを言えば、何となく放っておけなかった、という……こんなことを以前思った記憶がある。
そう思って、何故か露木を見ると不思議そうな顔で俺を見ていた。
「あっ、そっか」
「どうしたんですか、美理亜ちゃん」
「高嶋さんって誰かに似てると思ったのよ」
「あっ、私も何となくわかったかもしれない」
「何だよ、立川まで……」
そんなことを言いながら、俺も何となく気づいてしまった。
いい歳こいて女子高生に寄せてくるなんて……女ってやつはこれだから。
いや、そういうわけじゃないんだろうけど……単純に露木とこの女が似てる、とはちょっと思いたくないというか。
「ほわほわ系、大好物だもんね要」
「……ああ!? 俺が無差別に食いまくってるみたいな言い方すんな。大体三十間近でほわほわとか、逆に怖いわ。もう少し自分の年齢ってやつをだな……」
「年齢を、何ですか? 三十までまだあと三年くらいありますが、何か?」
「…………」
ああ、こういうとこだよ。
顔で笑って心の中はもう、腸煮え滾ってます、みたいなの。
確かにこういうとこは似てるわ。
顔の作りとかは割と違う様に見えるのにな。
「ていうかさっき、聞き捨てならないくだりがあったの、覚えてる人」
どさくさに紛れて忘れられてしまえば、なんて思っていた彼氏役をさせられたことを、富岡がほじくり返す。
このくだりを説明した時のあの部屋の涼しさを、俺は生涯忘れないだろう。
何なら夏の間ずっとこいつら怒らせとけば電気代が浮いて助かるなぁ、なんて考えたりもしたが、その分俺の寿命が大幅に縮むことは免れないはずだ。
「お、お笑いだろ。町一番の嫌われ者が、地域一番の人気者の彼氏役とか、ははっ。ほ、ほらお前らも笑っていいんだぞ、あは、あははは」
「顔引きつってるわよ」
「そんなに嫌だったんですね、ごめんなさい……」
「…………」
やっぱこいつ露木に似てるわ。
卑怯なとことか卑怯なとことか、あと卑怯なところな。
「嫌っていうか……後々どうするわけ? 偽物なんだから速攻でバレてまた付きまとわれるのがオチだと思うんだけど」
「偽物のままで終わらせるなら、そうなりますよね。要くんは、もちろんそこで見捨てたりしないですよね、優しい人なんですから」
「……お前がそれ言うのか」
「あの、どうするかって……優木くんの役目はもう終わってますから……」
そう、確かに俺の役目は終わっている。
代わりを務めて、怪我の手当て……は先輩がやってくれた。
「うん、まぁそうだな。役目は終わってる。じゃ、気を付けて帰ってくれよな」
「ちょっと、要くん!?」
「仕方ねぇだろ、本人がそう言ってるんだ。これ以上俺たちの出る幕じゃねぇよ。仮に何か言いたいことがあるなら、本人の口から言って然るべき、だろ?」
俺がこう言ったのには理由がある。
というか、その理由がこの女の男日照りに拍車をかけている原因でもあると、俺は思っている。
恵まれた容姿、環境。
それらがこの女を甘やかす結果になって……まぁ、それが昔のいじめの原因でもあった様だが。
これから先どんな生活をしていくつもりなのかは知らないが、ここで俺たちまでもがこの女を甘やかすことがいい結果をもたらすとはどうしても思えない。
今までは周りが何でもやってくれたかもしれないが、それだっていつまで続くかわからない。
優しさと甘やかしはイコールじゃない、ってことをこいつらにも理解してもらう必要はあるだろう。
「あんたは本当にもう、これでいいと思ってるのか?」
「それは……」
「今回だけ、ケリをつけたっていう結果が残せればそれでいいのか、って意味だけど。それともきちんとケリをつけて、禍根を残さない結果に出来た方がいいのか。どっちがいいのかは一般的な考え方が出来ればわかると思うけどな」
「またあんたはそういう回りくどい……」
「黙ってろ。どうすんだ? 今ならまだ、この差し伸べた手は有効なんだぜ?」
出た出た、という半ば呆れた様な声が聞こえた気がするが、この際聞こえないことにして俺は高嶋を真っすぐ見つめる。
助けを求めてるってことは明白だが、その意志は本人からきちんと伝えなければ伝わらないことだってある。
世の中みんなが俺みたいなおかしな能力を持っているわけじゃないんだからな。
一瞬俯いて考え、高嶋は俺を見る。
そして俺の差し伸べた手に向かって、高嶋は躊躇いながら手を伸ばしてきた。




