73:六月六日その②
「……野蛮ですね、本当」
「おいおい……助けてもらったくせにその言い草はねぇだろ」
ひとまずゴミを片付けて、尻もちをついていた高嶋に手を差し伸べる。
一人で立てます、とか言いながら高嶋が立ち上がり、俺を睨んだ。
「バカですよね、本当。腕、いつまで経っても治りませんよ?」
「るっせぇなぁ……そもそもあんたが俺のこと尾行したりするからだろうが」
大したことはなかったにせよ、多少痛い目を見せてしまった、ということもあってここで追い返すのは、なんて考えた俺はやはり甘いのかもしれない。
もっと痛い目に遭って、世の中ってものをこいつはもっと勉強するべきなんだ。
「とりあえず、歩けるならもうすぐそこだから、うちまで行くぞ」
「はぁ!? わ、私を連れ込んで何をしようって言うんですか!?」
「…………」
「わ、私確かに体はそれなりの水準をキープしてますけど……」
「はぁ……その年で処女のくせして、何言ってんの? そうしてほしいなら考えるくらいはしてもいいけどよ。怪我してんだろ、あんたも。手当してやるって……ん?」
何かが琴線に触れたらしい高嶋が、プルプル震えながら俯いている。
トイレでも行きたいんだろうか。
なら少し急いだ方が……。
「やっぱりあなた、あの優木要くんなんですね」
「……今更そこかよ。ていうか何プルプルしてんの? 悪いスライムじゃないよ、とか言い出すんじゃねぇだろうな」
「すみませんが、何を言っているのかわかりません。何で私に男性経験がないってわかったのか……答えは簡単ですよね」
とりあえず表通りまで出れば大丈夫だろう、ということで俺は高嶋を連れて表通りに向かう。
ぶっちゃけたことを言えば、この歳まで男性経験なし、ってのは何て言うか……こいつ自身に何らかの問題があるとしか思えない。
まぁ、大方貞操観念の違いとかなんだろうがな。
未だに男が白馬に乗って迎えにくる、みたいな愉快な妄想をしてることもあるみたいだし、一生独身でもおかしくねぇわ、この女。
「だったら何? あんたに何の都合があんの? 見ての通りけが人だし、正直役に立てる気はしねぇぞ」
「いいえ、役に立ってもらいます。じゃなかったら彼女たちに、私の胸を触ったことを誇張して言いつけます」
「……卑怯だな、あんた」
無駄に人生経験だけは長いからか、こういう小癪な手段はお手の物ときてる。
いい性格してやがるぜ。
「あ、ここは……抜けると商店街ですよ」
「知ってるよ。一応の地元なんでな」
高嶋の言う通り、路地を抜けた先にあったのは古びてはいるが活気のある商店街。
そして高嶋は、ここいらで割と有名らしく行く先々で店の人間やら奥様やらから声をかけられていた。
「地域の人気者が、俺みたいなのと一緒に歩いてていいのかよ」
「いいんです。もうすぐ多分現れると思うので」
「現れる……?」
何だかよくわからんが、いい予感だけは何故かしない。
そんなことを考えた時、八百屋の店先から男が一人出てくるのが見えた。
「さくらちゃん! お疲れ様、夜勤明け……って、そいつは?」
「…………」
「あ、ええと……か、彼氏……です」
「はぁ!?」
高嶋の言葉に、俺も八百屋から出てきた若い男も、その親父も母親も目を丸くする。
いやいや、さっき俺自身であのゴミ二個に対して否定したばっかなんだけど。
「え、か、彼……彼氏って……」
「…………」
「こ、これから彼の家でまったり過ごそうかなって……ね?」
「…………」
「……ね?」
返事をしない俺の目を覗き込み、目だけが笑っている高嶋は不穏なオーラを出す。
マジかよ、協力ってこういうこと?
つーか歳の差カップル過ぎねぇ?
「て、照れちゃって困っちゃうなぁ、もう……」
「いてて……」
そう言いながら背中をつねるという、見えないところへのダメージを与えてくる高嶋。
これ以上は痣とかになりそうだし、しかもこいつ割と手加減なしでやってくるからマジで痛い。
「そ、そうなんですよ、あははー」
「…………」
おいおい……目の前の男、絶対こいつに惚れてんだろ。
っていうか年齢的にも絶対こいつと付き合った方が、釣り合い取れてんじゃねぇの?
そう思った俺とは対照的に、放心しているその男の両親はめでたい! とか言いながら野菜やら果物やらを次々手渡してくる。
「彼氏と仲良く食いな! おい彼氏! さくらちゃんを泣かしやがったら許さねぇからな!!」
ええ……これ、タチの悪い夢とかじゃないよな。
何で俺が行き遅れのめんどくさそうな処女の彼氏役なんぞ……。
「ありがとうございます、行きましょうか」
「あ? あ、ああ……」
何にしても、放心してる男が正気に戻る前にここから離れる方が得策か。
そう考えて、俺は一足先に歩きだし、高嶋も八百屋の両親に別れを告げた。
「大体事情はわかるけどよ……どういうことか説明しろよ」
歩きながらじろりと高嶋を見ると、何だかさっきまで胸触られたからどうこう言ってた女とは別人の様にしおらしくなっている。
ちょっと言い方きつかったかな。
「その……ごめんなさい。でも、どうしても私一人で断り切れなくて……」
「…………」
断る、というのはきっと、さっきの八百屋の息子のことだろう。
高嶋の記憶から見えたのは、幼少の頃からの二人の姿。
どうやら幼馴染だったらしいが、何だか複雑そうな話だ。
「あんた……同年代とか年上が怖いのか」
「…………」
いじめられていた時期があったらしく、その時にあの息子は助けてくれなかった。
しかし息子としては何とかしてやりたい、という気持ちもなかったわけじゃないが、そのことが高嶋にはトラウマに近いものとなってしまった、というわけだ。
「あの人がいい人なのは、わかってるんです。けど、どうしても怖くて……告白、みたいなこともされましたけど、どうしても恋愛対象として見ることができなくて」
一緒になっていじめていた、というのとは違う様だが、いじめを受けていた側からしたら同じ様な印象を持っても不思議はないだろう。
「あのご両親も、すっかりと私とあの人がくっつくなんて勘違いしてたみたいで……」
「なるほどな」
この地域でずっと育ってきた高嶋としては、穏便かつあの息子を退けられる方法を何とかして模索したい、というところだったらしい。
しかもこの女……。
「どういうわけか、年下の人は大丈夫みたいでして」
何しれっと犯罪臭い発言してんだ、こいつ。
八百屋の両親、めでたいって口では言ってたけど、どう見てもこの子正気か? みたいな目で高嶋を見てたぞ。
だって、俺どう見ても学生だし。
「だから……あなたが入院してきた時、もしかしたら、って思いました」
「フリっていうか……彼氏役でいいなら俺もうお役御免ってことでいいか? とりあえずもう着いたからよ、怪我の手当てだけはしてやるけど」
「あ、上がっていいんですか?」
「元々手当してやるって話だったろ。肩、庇ってんのバレバレなんだよ」
でも、とか帰る気ねぇくせに下手な遠慮をし始めて尚更めんどくさくなった俺は、左手で荷物共々高嶋を押し、部屋の中まで連れ込んだ。
こんな言い方をすると、俺がとんでもなく悪逆非道な人間に見えてくるかもしれないが、無理やり連れ込んだという事実には違いない。
あとはあいつらがこっちに来る前にこいつの手当てを終えて追い出せば、ミッションコンプリートというわけだな。
「ほれ、シャツ……右肩だけ出せ。恥ずかしかったらこれでも巻いとけよ」
そう言ってバスタオルを渡して、薬箱から湿布と包帯を取り出す。
ただの打撲程度のものだとは思うが、女の体でもあるんだし少し過保護なくらいでいいだろう。
「あ、ありがとうございます……じゃあ」
躊躇いがちに高嶋はシャツのボタンをはずしていき、右の上半身が露わになる。
もちろん前からじっくりと眺めて、なんて変態みたいな真似はしない。
「悪いな、少し腕触るからな。この辺か?」
後ろからなるべく見ない様にしながら、肩に触れると高嶋の体がびくっとする。
慣れてないからこその反応なのかもしれないが、そういう反応は割と俺にも効くからやめてもらいたかった。
「そう……だと思います」
「そ、そっか。じゃあ湿布貼るから」
そう言って湿布のフィルムを剥がした時。
がちゃりと玄関のドアが開き、俺の動きも高嶋の動きも止まった。
「えっ……?」
「え」
「えっと……」
何と言う間の悪さ。
何と言うタイミングの悪さ。
そして何と言う……運のなさ。
せっかく退院してきたこの俺は、今日ここで病院にとんぼ帰りさせられたりしないだろうか。




