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69:五月二十八日その③

「要くん!!」


 露木の声が上から聞こえ、俺はかつてない感覚に襲われている。

 まだ落下している最中だが、このままいけばあと数秒で俺は地面に衝突してよくて大けが……最悪死ぬかもしれない。

 何しろ四階建ての建物のてっぺんからの落下だ、無事で済む方がおかしい。


 このまま……まだ割と心残りはないでもないけど、このまま行けば俺はまた家族に会うことが叶ったりするのだろうか。

 こんな形で……それでも大事な人間を救ってこうなってしまったのだから、家族も俺を咎めたりなんて……。

 いや、きっと褒めてくれる。


 あの人たちは、そういう人たちだったはずだ。


――嫌です!! ずっと一緒にいてくれるんでしょう!?


 突如脳内に響いた声に、諦めかけた俺の脳が覚醒するのを覚える。

 こんな時だってのに、幻聴とか……俺も極まってんな。

 大体何でこの生きるか死ぬかの瞬間に、あいつの声なんて……。


 ずっとなんて、先のことなんか誰にもわからないってのに……呑気なことを。

 だけど、現実だろうと幻だろうと、聞こえちまったら……諦めちまうわけにはいかねぇよな。

 右手に残る、先ほど露木を救った時に使った力。

  

 生きて帰れたとしても、右腕がおかしなことになりそうだが……迷ってる場合じゃない。


「ちっくしょうがああああああああああ!!」


 俺の声が聞こえたらしい、中庭にいた生徒の何人かが俺を見るのが見えた。

 そして、俺の落下地点になる場所の近くにいた生徒が、蜘蛛の子を散らす様に逃げていくのを見届けて俺は右の拳を振り上げる。

 一瞬でもタイミングが狂えば終わり。


 そんな無機物との命のやり取りする日が来るなんてな。


「おおおおおおおおおおおおおおあああああああ!!!」


 落下の勢いと俺の腕力、そしてババァから受け継いだ力に俺の全体重が乗った一撃が、中庭の地面に直撃して爆ぜた。

 体に伝わる衝撃、痛み。

 そして地面が衝撃で抉れて吹き飛ぶ。


「要くん!!」


 瓦礫が粗方地面に落下したのを見届け、俺の体が地面に倒れこむのと同時くらいのタイミングで、三人が駆け寄ってくる。

 心配そうな顔、またさせちまった。

 俺としては、そんな顔させるために助けたんじゃねぇんだけどな……。




「…………」


 目が覚めると、俺は見知らぬ部屋でベッドに寝かされていた。

 落下した時の感覚やら、全部覚えているし記憶の混乱もない様だ。

 当然右腕は折れたらしく、肩からがっちりとギプスがはめられているし、動かそうとすれば痛いしまともには動かない。


 あんだけ派手に校庭ぶっ壊しちまったら、後でまたどやされるんだろうか。

 そう考えると学校に戻るのが憂鬱だ。

 無事なはずの左腕には、複数の点滴が刺さっている。


「あ、目が覚めたみたい!!」


 そんなことを考えていたら、ドアが開いて見知った六人の人影と見知らぬ一人がなだれ込んできた。

 ここはやはり病院の様で、看護師も一緒になって病室に入ってくるのが見える。


「お前は……どうしてそう自分を犠牲に……」

「……いや、あればっかりはマジのマジで不可抗力だったんですけど」


 開口一番に説教モードだった先輩だが、何とか俺の言い分を聞き届けてもらえた。

 露木を助けるためだったのと、俺が間抜けにも足を踏み外していた、という事実があったからのことではあるが、正直恥ずかしい。

 どう控え目に見ても間抜けだったし、落下さえなければ満点の救出劇だった気がしないでもない。


「優木要くん、右肩の脱臼に尺骨の骨折、人差し指から小指までの複雑骨折。全治半年ってところだと思います。折れた中指の付け根の骨が手の甲を突き破ってましたので、それも三針ほど縫ってありますよ」


 露木たちと一緒に入ってきた看護師の姉ちゃんが、淡々と俺の状態について語っていく。

 淡々と語られてると案外大したことないのか、なんて錯覚してしまいそうになるが、正直後遺症残ってもおかしくないレベルの大けがであることには違いない。


「要くん……ごめんなさい」


 露木が遠慮がちに俺を見て、頭を下げる。

 確かにこいつを助けるためにああなった、っていうのは事実だが……俺は別に露木を恨んだりしてないし、責任を問うつもりもない。

 それをほじくり返すのであれば、発端は立川って話になるし、更に遡るのであれば俺が立川を追い詰めたも同然なんだから、結局は自業自得という答えに帰結する。


「なんつー顔してんだよお前。せっかく助かったんだからよ、俺もお前も。笑おうぜ」

「……だって……」


 大したことねぇよ、って意志表示をしてみたつもりが逆効果だった様で、露木は大粒の涙を流して泣き崩れる。

 そんな風に泣かれると、俺がまるで死んじまったみたいだからやめてほしいし、何より他の女ども……看護師含めまでの視線が痛くて痛くて……こんな怪我なんぞよりよっぽど堪えるんだよな。


「バカじゃないの、本当。あんたに自殺願望がまだ残ってたなんて、知らなかったわ」

「バカはお前だ。俺が死にたいなんて一回でも言ったか? 寧ろお前らに殺される方がよっぽど確率高ぇっつの」


 そう言ってる戸越も何だか涙目に見えるし、こいつら涙腺おかしくなってんじゃねぇの?

 強がるなら徹底して強がって見せろと。


「要くん、私のせいだよね……ごめん」

「バカなこと言ってんじゃねぇっつの。朝イチで俺があんなこと言って追い詰めたからだろ、こっちこそ悪かった」

「そうだね、要くんはそういうとこ下手くそだもんね」


 そんなこと言いながらも池野さんだって割と心配そうな顔してる。

 年長であるが故なのか、努めて明るく振舞おうとしている様だが、隠しきれていないのがバレバレだ。

 珍しいモン見れた、という気持ちがないでもないが、黙っておくのが得策だろう。


「とりあえず、絶対安静の状態には違いありませんし、ここにいるのが全員優木くんの彼女だという話も聞きましたが、病室でおかしな真似はしない様にしてください。あと、ご家族は……」

「いないっすよ。去年死んだんで。保護者の何か必要なんですか?」


 おかしな真似? と疑問に思いながらも看護師の質問に答えると、看護師がまずった、という顔で俺を見る。

 事実なんだし、その事実を知らなくて質問しちゃうことくらい誰でもあんだから、そんな顔しなくてもいいと思うんだけどな。


「えと……一応、事実を報告していただけるなら、その方が良いかと。入院や治療の費用もかかりますし」

「金の心配なら要りませんよ。腐るほど持ってますから。それ以外で保護者が必要な用件がないなら、できれば連絡はしたくないんですけど」

「あんた……そんなにおばあさん嫌いなの?」


 戸越が別の意味で心配そうな顔をするが、この際その質問に答える義務はないので無視させてもらうことにした。

 ババァに言ったらどうせあのババァ、何してるんだい、どんくさいねとかほざくに違いない。

 こっちの血圧が上がれば怪我に障りそうだし、安静が必要なら極力あのババァには関わるべきじゃないと俺は考えた。


「とりあえず、何か必要になる様でしたらまたその都度言いに来ますけど……ナースコール、使い方わかりますか?」

「さすがに入院経験はないけど、わかります。もういいですか? こいつらが話したがってるみたいだし」


 俺がそう言うと文句を言いたそうな顔で看護師が下がっていく。

 出るちょっと前にネームプレートで見た限りでは、高嶋さくらという名前だった。

 目が合った時に見た情報では、二十七歳。


 童顔だからか俺たちよりも十個年上とか言われても、何となくぴんと来ない。


「さすがに一週間は最低でも入院が必要だそうだぞ、要」

「マジかよ……脱走とかしたら怒られるかな」

「当たり前ですよ。ていうかそんなことしたら許しません」

「…………」

「って……原因作った私が言うことじゃないですよね、ごめんなさい」


 ああ……何でまたこいつは。

 こんな顔ばっかさせて、何なんだろうか今日は。

 それに、近々あるはずの法事。


 入院の日程によっては参加できないかもしれない。

 年に数回程度のものでもあるし、病院を燃やす、とか脅かして外に出られないだろうか。


「露木、お前のせいじゃない。とりあえず足踏み外したのは完全に俺のミスだし、結果として二人とも生きてんだからよ。そんな顔すんな」

「露木さん、要もこう言っているんだし気にしたらダメだ。負い目は余計に要を苦しめることになるぞ。そうだろ、要」


 んな真剣っぽいセリフをニヤニヤしながら……本当性格悪いなこの人。

 そんなことを考えた時、病室に俺の携帯の着信音が響き渡る。


「悪い、誰か出してくれるか?」


 そう言うと、露木が俺のカバンから携帯を出して、俺に手渡してくる。

 着信画面に表示されていた名前は、あのクソババァだった。

 本当にタイムリーなことで。

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