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53:五月十八日その②

 慎ましさって一体何なのか。

 そう考えざるを得ない、戸越がどうしても行きたいと駄々をこねてため息交じりに着いてきた場所。

 

「意外と美味しくない?」

「……ああ」

「ほら、食感とか鶏肉に似てるよね」

「……ああ、要もそう思う」


 こいつの言っていることは概ね正しい。

 確かに鶏肉みたいで食べやすい。

 今日は日差しも柔らかめで、そこまで暑いということもないし鍋もいいだろうと思う。


 こんな昼間っからじゃなきゃな。

 そして鍋の中身がすっぽんとかじゃなかったらな。


「一回食べてみたかったのよ」

「そうか……そうか」

「何でそんな引いた顔してんのよ」

「いや、引くだろ。女子高生の間ですっぽん鍋がブーム、とか聞いたことねぇんだけど、俺。しゃぶしゃぶのバイキングがブームになった、とかはテレビで見たことあったけどよ」

「いいじゃない、体力つけとかないと持たないわよ?」


 何だよこいつ、もうやる気かよ。

 肉食臭いなとは思ってたが、ここまで思った通りだとさすがに身の危険を感じるレベルだ。


「大体しゃぶしゃぶもすっぽん鍋もそこまで変わらないって」

「そう思うならお前、周り見てみろ。客に女子高生が混ざってるか? お前以外で」

「細かいわね、あんた。どうせ補充した体力はすぐに使うことになるんだから諦めなさい」


 まぁ、別にそれはいい。

 それはいいんだが……肉ばっか食ってると将来後悔することになりそうな気がするんだけどな。

 野菜も適量食わないと、体臭とかな。


 見た目そこそこいいのに臭い、とか目も当てられないだろ。




「はぁ、堪能したわね」

「ババくせぇな、お前」

「何よ、美味しかったでしょ」

「まぁそこは否定しねぇけど……」


 会計の時も注文取りに来るときもそうだったけど、こいつらちゃんと金持ってるんだろうな、みたいな疑いの眼差し。

 まぁ大人からして見りゃガキが何すっぽんなんか食いに来てんだよ、となるのは当たり前だわな。


「それより、ちゃんと買ってあるんでしょうね」

「はぁ……まぁすっぽん食わされた時点で想像はしてたけどよ。普通に買ってあるから安心しろよ。最近使用頻度上がったからな」


 コンビニとかで買うのが恥ずかしいとか、ちょっと割高だとか色々理由はあるが、今度箱まとめて買ってしまった方がいいのではないだろうか、なんてことを考えているのは内緒だ。

 どうせまたせせこましいとか言われるのがオチだからな。


「頻度ねぇ……」

「そうだ、頻度だ。俺の体力は無限じゃねぇんだから先輩もその辺少し考えて加減とか……まぁあの人にそれを求めるのは無茶ってもんだろうけどよ」


 さすがに昼飯を予期せず奮発したし、夜は適当でいいだろう、ということで帰り道では飲み物を買う程度で済ませる。

 終始腕に絡みつかれたからなのか、さっきのすっぽんのせいなのか……いずれにしても何となく暑い、と感じるのは気のせいではない様だ。

 そう、様々な意味で。


「別にくっつくな、とか言うつもりはねぇけど、さすがに会計の時は他の人の邪魔になるから離れようぜ」

「いいじゃない。そういう気分なの」

「…………」


 そういう気分になるのは構わんけど、もう少しで部屋に着くんだから我慢しようとかそういう概念はないのか。

 俺はたまらずくの字になってしまいそうだから、頭の中で素数を数えたりとか見えない部分で努力をしてるってのに。

 女はその点ズキュウウゥゥゥン!! とかならないからいいよな。


 そんな目で見つめるなよ……興奮しちゃうじゃないか。


「何? もしかして興奮してきちゃった?」

「……黙って歩け。今の俺は数学者なんだよ」

「ごめん、ちょっと何言ってるかわかんない」


 やっぱこいつに男の気持ちを理解しろなんて、酷な話だったのだ。

 もちろん俺にだってこいつを始めとする女の気持ちなんてわからない。

 まぁこいつにもわかりそうな言い方をすれば、童貞明けの俺には色々まだまだ厳しい、ということだ。


 そんな言葉はないって?

 もちろん、俺も何でそんな言葉を使ったのかわからない。

 さも童貞が病気であるかの様な言い方だな、なんて考えたりしたものだが、拗らせる、なんて言うこともあるくらいだからあながち間違いでもないだろう。


「さて、到着っと。早速横になりたいわ」

「ははっ。牛になるにはちっとばかし足りない部分があんじゃね?」

「……何か言った?」

「いえ、どうぞごゆっくり」


 まぁ、言うほど……というか推定Cカップはあるだろうし、別に悲しむレベルじゃないはずだ。

 牛になる素養はむしろ十分と言っていい。

 つまり。


「やっぱお前、牛になりそうだな」

「あぁん!? もう、いい気分なんだから水差さないでよ。それよりピロートーク的な感じで、望ちゃんと先輩とはどんな雰囲気でベッドインしたのか聞かせなさいよ」

「はぁ? 何でピロートークで他の女の話しないといけないんだよ。お前頭おかしいんじゃねぇの? 大体うちはベッドなんて洒落たもんが無ぇことくらいわかってんだろ? 布団直で敷いてんだから。」

「参考にするために決まってるでしょ。あと今の発言、後悔させてやるから」

「…………」


 いや、今のは俺悪くねぇよ。

 大半の人間が今の会話を聞いたら、九割は戸越がおかしい、って言うに決まってる。

 この国は民主主義で成り立ってるんだから、俺は悪くないという結果になるはずだ。


「お前は何でそういちいち物騒なの? 頭の中じゃ優しくされるのを望んでるくせに」

「勝手に人の頭の中見てんじゃないわよ」

「だったら俺の目見なきゃいいだろ……」


 これはさすがに理不尽と言わざるを得ない。

 まぁ、こうして二人でいて目を合わせないなんて、ちょっと前までみたいな奇特な生活はさすがにごめんだけど。


「まぁ、どんなんでもいいけどね」

「なら聞くなよ。露木とはトランプしただけだぞ。あと先輩は……まぁお前にゃ効果覿面かもしれないな」

「どういう意味よ? 煽り耐性ないってこと?」

「そうは言ってないけど……でもその通りかもな」

「そう……いい根性してるわ、あんた。さぞ望ちゃんには優しかったんでしょうね」


 何だこいつ、ここにきてヤキモチとか。

 あんまり気にしないタイプなのかと思ったらそうでもないとか。

 意外と可愛いとこあんじゃん。


「私にも、優しくしてくれるの?」

「それはあれか、ガンガンやっちゃってくださいってフリか?」

「……そんなことしたら、ちょん切るから」

「…………」


 背筋と股間に寒いものを感じる一言。

 さすがにこいつを怒らせるのは後々めんどくさい。

 というかマジで凶悪なハサミとか持ってきそうで、おっかないというのもあるんだが。


「冗談に決まってんでしょ。それよりいつまで女の子を待たせるつもりなの? 準備は出来てるんでしょ?」

「いや出来てない。シャワー浴びてきていいだろ? というか異論は認めない」


 そう言って立ち上がりかけたところで、腕を掴まれてそのまま引き倒される。

 なんつーバカ力……先輩の影響か?


「そんなもんあとでいいの。私が待てないって言ってるんだから」

「……身勝手だな、お前。後悔しても知らんぞ」

「後悔は、私がさせるのよ。さっき言ったでしょ。さっき私を頭おかしいやつ扱いしたことを、たっぷりとね」

「…………」


 こいつの宣言通り俺は後悔する様な休日を過ごし、翌日は死にそうになりながら学校へ行くことになる。

 やはり女は安易に怒らせてはならない。

 これはこれからも一生俺に付きまとう教訓になるに違いない。

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