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52:五月十八日その①

 まさかこのテンションで戸越とのデートを迎えることになるなんて、誰が想像しただろう。

 あの先輩が手心とか、手加減とか、そういうものと無縁だなんてことはわかりきっていたはずなのに、俺はそれを期待して今、超絶痛い目を見ている。

 やることやったらとっとと帰る、というクズ男の見本みたいなことをして、先輩は深夜のうちに帰って行った。


「うわ、何か変な匂いする」

「……言うな。まだ換気中なんだよ。っていうか、だから外行こうぜって言ったんだよ」


 こいつはこいつで、先輩の真似でもしてんのかアポなしで……いや元々今日一緒に行動する予定ではあったけど、前触れもなく現れやがった。

 とりあえず一通り片付けでもして、なんて甘いことを考えた俺もアホだった。

 何なら昨夜寝る前にでもやっとけばよかったんだ。


 そして戸越が来た時、さすがにこの匂いが充満する部屋に招き入れるのは、なんて俺らしからぬことを考えて外に連れ出そうとしてやったってのに、頑として聞き入れなかったのはこいつだ。


「どんだけさかってんのよ、本当……」

「いや、俺じゃなくてそれ先輩に言えよ。俺どっちかって言ったら被害者なんだから」

「どうせあんた、調子に乗って先輩のこと焚きつけたりしたんでしょ」

「…………」


 何でわかったのか。

 ほぼ百パーセント……いや、もうこれ完全に大当たりだよね。

 さすが、年単位で俺を見てたというだけのことはある。


「で、そのでかいカバン何? またマシンガンとか入ってんじゃ……」

「バカなの? 何でデートで相手殺さないといけないのよ。お泊りセットに決まってるでしょ」

「…………」

「何よ、その顔。不満なの?」

「いや、別に……」


 本気で言ってんのかよこいつ……。

 俺の自由とかプライベートな時間ってマジで、何処行ったの?

 

「高校生の娘が外泊するっつってそれを許可する親がいるなんて……しかも男の家とか。マジでこの国の将来危ういんじゃね?」

「今度連れてきなさい、って言ってた」

「……いや、待って。それはさすがに無理。俺緊張して死んじゃう」

「何でよ。今のところ悪い印象持ってないわよ」


 何でってそりゃ……露木の母はあんなだし、先輩の親父はあんなだし……ぶっちゃけまともそうな親に会わされるとか、耐性ないんですよ。

 まぁあれか、まともな親だったらこんなところに娘放り込んだりしないわな。

 なら解決じゃん、めでたしめでたし。


「あんたがどんな想像してるか知らないけど、うちの親は近所でも割と評判の厳しい親よ?」

「あははは、またまた」

「まぁ、そうなるわよね。簡単に言えばあんたのネームバリューが効いたってところかしらね」

「はぁ? 何で俺の……って俺、お前の親に何かした覚えとかねぇぞ」

「されるかもしれない、って恐々としてるのよ。娘を差し出し解けばひとまず安心、っていう人身御供って言うんだっけ?」

「…………」


 気に入らない考え方だな、と思うが当の本人は全くもって悲しんでいる様子がなく、それどころかお昼どうしよっか、なんて言っている。

 呑気なもんだな、本当に。


「あんたがそうやって怒ってくれるんだったら、私はそれだけで満足なんだけど? こうしてやってきた甲斐が、少しはあったってもんでしょ」

「ますますお前の親を懲らしめてやろうかと思っちまうけどな、俺は」

「……お願い、やめて。あんたの傍にいられるんだったら、私別にいいんだから……」


 こんならしくもない、普段絶対に見せない様な顔でしがみつかれたら、さすがに知るか! とは俺も言いにくい。


「それに私が最近楽しそうだって言ってくれてるのも事実だから。悪いことばっかりじゃないのよ?」

「……何で楽しいんだよ、わかんねぇな」

「何でよ。楽しくちゃいけないの?」

「だって、お前も知っての通り、俺は……」

「わかってるけど、それ言われたら少しだけ、傷ついちゃうかもしれない。今だけでいいから、私を見てくれる?」

「…………」


 本当に甘くなったな、俺は。

 ちょっと前なら、バカ言ってろ、とか言って一人でさっさと出て行っていただろう。


「けどよ、お前一番じゃなくていいわけ?」

「何か意味あんの? 一番にこだわって大事なものなくすくらいだったら、私別にドベでもいい。ドベでもあんたがちゃんと見てくれるんだったら、その方が何万倍もマシ」

「…………」


 何でこいつ、こんな恥ずかしいこと真顔で言えるの?

 いや、こいつだけじゃないんだけどさ。

 立川も露木もみんな、おかしいんじゃねぇの?


「あれれ? 何? 赤くなってない?」

「……なってねぇよ。き、今日は暑いからな。そ、それより昼飯どうすんだよ。あれだ、入浴剤くらいなら奮発してやってもいいぞ」

「何でご飯の話してていきなり入浴剤が出てくるのよ。ご飯にかけたりしないからね?」

「アホか。泊まって行くって言ってたから……」

「いいの?」


 何でそこで意外そうな顔しながら目を輝かせるの? 

 俺ダメとか一言も言ってないだろ。


「は? お前が言ったんだろ」

「そ、そうだけど……帰れって言われるかなって」

「何でそんなこと言わなきゃならんの。不公平だろ、そんなの」

「え、だって……」

「俺、前にも言ったけどお前のこと拒否も拒絶もしてないと思うけど? ていうか、受け入れたからこうしてここにいるわけだし」


 そこまで言うと、戸越が何と目尻に涙を。

 こないだ泣かした時とは決定的に違う理由で、こいつは泣いている。


「い、いいんだよね?」

「だからそう言ってんだろ。ていうかひでぇ顔になってんぞお前。化粧なんかしてくるから……」

「嗜みってやつよ。あんたの為にきちんとしてきてるんだから、嬉しいでしょ? 少しは喜びなさいよ」

「化粧落としたら別人、みたいなのじゃなきゃ別に何でもいいけどよ」

「あんた去年の私見てるんだからわかるでしょ。去年は完全にすっぴんだったの、これでも」


 戸越は戸越なりの努力をして、俺に少しでも見てもらおうなんて慎ましいことを考えていた。

 そう考えると、こいつも案外いい女なのでは、なんて思えてくるから不思議だ。

 いや、決してブスではないし、性格さえもう少し穏やかならモテても不思議はなさそうに見えるんだよ、こいつは。


「まぁ、努力は認めるよ。お前、本当に俺大好きだよな」

「そうよ、悪い?」

「…………」


 こいつってこんないい子だったっけ。

 意外と尽くすタイプなんだとしたら、ちょっと見方を改めてもいいかもしれない。

 けど考えてみたら、先輩もこいつもいい勝負で遠慮がないよな。


 いや、それ言ったらこいつら全員遠慮とかほとんどないか。


「何自分で言っておいて赤くなってんのよ」

「うるせぇな……」

「でもこれからはもう少し、慎ましくしてみようと思うから……見捨てないでくれる?」


 こいつあれだな、小悪魔とかになれる才能あるんじゃね?

 不覚にもキュンときちゃったよ、俺。


「ま、まぁ……お前からやかましさ取ったらあれだ、ハンバーグ抜きのハンバーガーみたいで、なぁ?」

「どういう意味よ。変な個性持たせようとしないでくれる? 鼻毛の時といい、本当あんたってデリカシーないわね」

「そんなの、よく覚えてんな……」


 結論、女は執念深く……そしてその執念でこの地位を勝ち取った戸越は案外凄いやつかもしれない。

 チャンスを逃がすことなく、きちんとつかみ取って親も俺を利用して黙らせたその手腕。

 俺は案外こいつのことを、いい女だと思っているのかもしれない。


「まぁ……あんまり追撃されると私も悲しくなるからあんまり言わないでほしいんだけど」

「わかったわかった。とりあえず飯食おうぜ。もちろん俺の奢りだ。何がいい?」


 こないだバカみたいに注文してたのを見ているが、あれは当てつけみたいなものである程度みんなでシェアしていたし、今日はそんなことにはならないだろう。

 今までより少しだけ、優しくしてやろうと考えた俺には何も非はないはずだ。

 家に食べるものがないことはわかっていたので、俺は戸越を連れて昼食を調達しに出ることにした。

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