51:五月十七日その③
「……と、まぁいい話で終わりそうなとこ申し訳ないんだけどな。今日は私の日なんだ。お引き取り頂いていいだろうか」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
何という自由な。
そして何という身勝手。
きっと誰もが、そう思ったに違いない。
「じゃ、じゃあ要くん、また週明けに」
「お、おう」
「ちゃんと名前で返しなさいよヘタレ。じゃね、また明日」
「…………」
そうだった、今日先輩で明日こいつだった。
にしても先輩の全力パンチくらった翌日の俺の顔とか、相当酷いことになってそうだけど大丈夫だろうか。
そんなことを考えている間に、みんなぞろぞろと引き上げて行って瞬く間に俺と先輩は二人きりになってしまった。
「さて、じゃあ……改めて色々聞かせてもらおうか」
「い、色々……?」
先輩が普段の様な自信満々、興味津々の顔で俺の前に座る。
「お前は何事もなく今日が終わるなんて言う、愉快な勘違いをしているんじゃあるまいな」
「えっと……」
「お前が望むんだったら、実演を踏まえての色々でもいいんだぞ」
って言うってことはだよ?
あの夜のことを事細かに語れと。
それはさすがに俺でもちょっと……いやかなり抵抗がある。
だって、ある意味でプライバシーが尊重されるべき部分だろ。
……先輩辺りは、俺とそうなったら嬉々として周りに語りそうで怖いんだけどな。
しかし俺は、先輩の欠点というか、弱点の様なものを発見しつつあると言っていい。
こういうイケイケ無双タイプによく見られる、攻めるのは得意だが攻められると弱い、というもの。
俺の予想通りなら、きっと先輩は俺から攻めてくることなど頭の片隅にもないはずだ。
そう思って俺はすっと立ち上がる。
「な、何だ……」
「先輩……いえ、琴音さん」
「な……」
敢えて苦手とする、名前呼び……さんをつけているからまだ抵抗感が薄いというのは、今発見したことだ。
呼びながらすっと近寄り、その頬に手を添える。
やっていて思ったが、俺最高にキモいな。
しかし効果は覿面の様だ。
見る見る先輩の顔は赤くなっていく。
何だ、案外チョロいじゃないか先輩。
「実演が、いいんですか? そう言っていましたよね?」
「ほ、本気で言っているのかお前……」
さっきと同じセリフとは思えないほどに、狼狽して上ずった声。
ちょっと目が潤んでいる様に見えて、それが更に俺の中に眠る嗜虐心を刺激する。
俺も池野さんのことを言えない程度にはSっ気があるということだろうか。
「せ……琴音さんが、そうしてもいいって言ったんですよ?」
「そ、それはその、言葉の、綾で……」
まさかここまで効果があろうとは、思っていなかった。
これが演技だったら、女性不審になってもおかしくないと思えるくらい、先輩は今日何となく魅力的に見える。
そしてここから俺は、更に調子に乗っていく。
「嫌なら、押し返してくれていいですよ」
「ば、バカな……何をするつもりだ、お前……」
ゆっくりと、頭を強打したりしない様に先輩の後頭部に手を添えて、俺は先輩を布団に押し倒す。
まな板の上の鯉って言うんだっけか。
しおらしすぎて逆に怖いんだけど、まぁまだ大丈夫だろう。
「最初は、こうでしたね」
「……っ!」
再び先輩の頬に手を添え、顔を近づけていくと先輩はぎゅっと目を瞑る。
これは面白い。
反応の一つ一つが新鮮だ。
「……怖いですか?」
「ば、バカを言うな……」
「そうですか」
こないだのお返しだ、と俺はそのまま唇を重ねる。
先輩がびくっと震えて何とも女の子らしい反応を見せた。
「お、お前……露木さんと関係を持ったばっかりで……」
「そういうものなんじゃないんですか、ハーレムって。露木がどう考えるかはわかりませんけど」
それに、ばっかりって言ってももう一週間近く前の話だ。
バレない様に、と俺たちは平日プライベートで会うことを避けてきていたのだから。
「一瞬は、悲しむのではないかな」
「じゃあ、やめときます? それとも露木に伺い立てますか?」
「それは……」
「それにそもそも情報共有が基本だって、露木も言ってましたよ。ならきっと、事後報告でもちゃんとすれば大丈夫って露木も思ってるんじゃないですか?」
そうは言ったが俺も実は露木のことは気にかかっている。
このくらいにしといた方が、俺の為かもしれない。
そう思ってなーんちゃって、とか言いながら離れようとしたその時。
「お前も、そう思うか? なら……私も我慢は必要ないよな」
「……えっ?」
先輩の声音が一瞬で落ち着きを取り戻す。
赤い顔は相変わらずだが、徐々に先輩の精神は冷静になって行っている様に見える。
背筋が凍る様な、それでいて体の中は熱くなる様な、おかしな感覚を覚えた。
「お前は言ったな、本物で居続けてやる、と」
「…………」
よくそんな話を覚えているな。
女ってやつはこれだから……。
「ならばその約束を、守ってもらおうじゃないか」
「よ、よく覚えていますね……」
「あんな衝撃的なことを、忘れるものか。露木さんも、こんなことを言われたことはないと言っていたからな」
そう言って先輩が俺を押し返し、あっという間に俺は組み敷かれてしまう。
ついつい楽しくて調子に乗ってしまったことを、その数分後に後悔させられる。
まるで俺の人生の縮図みたいだ。
「よもやここまできて、拒否したりはしないよな?」
「きょ、拒否したらやめてくれるんですか?」
そんな有り得もしない希望……いや、もはや目の前に迫っているのは絶望なのだが一応聞くだけ聞いてみる。
絶対に逃がしてくれるわけがない。
そんなことはわかりきっているはずなのに。
「そう見えるんだとしたら、お前の頭の具合を疑うよ。私を散々弄んでくれたみたいで……楽しかったか? だがな、私もただただやられてばかりはいないぞ?」
「で、ですよね……」
ここまで来て、口先だけでどうにか出来る相手ではない。
調子に乗った俺も悪いし、先輩の気持ちを考えたらどうしてここでやめようなどと言えるだろうか。
「で、でも先輩……」
「さっきまでの名前呼びは何処へ行った? 単純かもしれないがな、私はあれが割と嬉しかったんだ。さん付けでもいいから、これからも名前で呼ぶんだ。いいな?」
「ら、らじゃー……だけど、さすがに無しでって言うのは危険ですので、買いに行く時間とか……」
「心配するな」
ニヤリと笑って先輩が胸の谷間から何やら取り出す。
これ、うちの女子連中じゃ先輩しか出来ないよな。
そして谷間から出てきたのはもちろん……。
「さぁ、いざ始めようか。私もこの時を待っていたんだからな」
「あ、明日は戸越が相手なので、お手柔らかにお願いします……」
あのやかましいのが相手となれば、余分に体力を遣わされるに違いない。
だがどうだろう……この人を相手に余力を残して、なんてことが通用するのだろうか。
俺はこの人からこの日、体力の使い分けを学ぶこととなった。




