5:四月十一日その⑤
「はああ……こんな風になっているんですね」
「……あんまジロジロ見るなよ。物がなさ過ぎて、逆に恥ずかしいから」
あの後、もちろん俺は断った。
何でかと言われればそりゃ、常識的に考えて年頃の男女が同じ部屋で寝泊まりするなんてことが許されるはずもないし、俺と露木は交際しているわけでもない。
そして俺の部屋から女子が出てきた、なんて噂が立つのも困るからだ。
しかし……これは露木の作戦なのか本音だったのか図りかねる部分があるが、事もあろうに断られたら仕方ないから野宿する、とこいつは言い出した。
これはさすがに……と考え、このまま野宿させることのリスクと俺が変態扱いされることのリスクを天秤にかけ……俺は押し負けた。
元々学校中の嫌われ者でもあるんだし、知名度がこれ以上落ちたところで何の支障もない。
露木を野宿させて万一のことがあった時の方が、個人的にはショックがでかいだろう、と考えて俺は露木を部屋に招いた。
「布団、一組しかないからな」
「一緒に寝るってことですか?」
「バカか! 分け合うに決まってんだろ!!」
「……そんな怒らなくてもいいじゃないですか」
「…………」
とてもじゃないがそんなことになったら眠れる気がしない。
いや、そうじゃなくても多分今夜は色々考えてしまって、眠れる気がしないわけだが……。
「電子レンジはあるんですね」
「まぁな。バイトある日は飯食いそびれるし、これだけあれば弁当でも何でも温めりゃいいわけだし」
実際寮の飯が夜八時までで締め切られると知らなくて食いそびれ、ひもじい思いをしたこともあったから、これだけは翌日に買いに行った。
「あと風呂だけど……そこにあるけど、ユニットバスだ。使い方大丈夫か?」
「ああ……お風呂入りたいですね。一緒に入りますか?」
「……いいからさっさと浴びてこいよ。あ、そうだ」
「何でしょう?」
「お前、変な癖あるみたいだから言っとくけど」
俺がそう言うと、露木がギョっとして俺を見る。
「お前、風呂入る前に脱いだ下着の匂い嗅ぐ癖あるだろ。あれ、やめた方がいいと思うけど」
「んな……」
「いろんな奴の記憶見てきた俺でも、あれはさすがに特殊過ぎてなかなか理解されないと思うぞ」
「そ、それ誰かに言ったりは……」
「してねぇよ。言う相手もいねぇし。一応忠告はしたからな。着替え、そこに出しとくけど下着どうすんだ? 今日のそのまま?」
「……デリカシーって言葉知ってます? 一応替えの持ってますから。知ってるくせに意地が悪いですね、優木くん」
ややむくれ顔になって、露木はバスルームに消えて行った。
確かに色々な事情があるからか、あいつはカバンに下着の替えというよりは予備を入れている、ということを思い出す。
それにしても何でこんなことになったんだか……。
「ひゃあああああ!!」
そんなことを考えた時、バスルームから悲鳴が上がり、何事かとバスルームの前まで行き、ノックする。
するとガチャリとドアが開き……。
「あっ」
「えっ?」
一糸まとわぬ露木がその姿を現す。
時間にして数秒程度だとは思うが、二人が相対してフリーズしていた。
「な、何でそこにいるんですか」
「いや、悲鳴上がったから……そ、それに俺ノックしたよな」
隠す様子もなく、なのに恥ずかしがっている露木が何となく新鮮で、目が離せない。
そしてそれと同時に口の中がカラカラに乾いてくるのが感じられた。
「え、えっと隠すくらいしたらどうだ? 一応年頃なんだから」
「……記憶でも現実でも既にもう全部見られてますから、無駄なことはしません。それより……お湯が出てこなくて」
「あ、ああ……ちょっとだけ時間かかるんだよ。捻ったら少し待って、お湯になってから浴びればいい。じゃ、ごゆっくり……」
これ以上見ていたらおかしな気持ちになってしまって、間違いを犯してしまいそうな気がしたので半ば無理やりドアを閉めてリビングに戻る。
正直記憶で見てるから、っていうのは確かにその通りなんだが……女子の裸を生で見るなんてことが俺の人生にあるとは思っていなかった。
……いかんいかんいかん。
煩悩を打ち払え。
さっきまで俺は腹ペコだったじゃないか。
もちろん性的な意味ではなくて何か食べたい、的な意味で。
その何かは食べ物であって、断じて女の子ではない。
一緒に食べませんか? と言われて買った二つの弁当のうち、一個を温めようか、なんて考えて立ち上がり、しかし露木の申し出を再度思い出して、思いとどまる。
あいつはきっと、家で家族と一緒に食事をしていても孤独だったんじゃないかって思う。
あの通りの冷え切った家庭で、言葉一つかわすことなく料理だけが温かい。
それは唯一の救いなのかもしれないが、味覚よりも感覚として美味しいとか不味いとか、そういうものを超越した寂しさがあったということが俺には伝わってきた。
「……あの」
「は、はひ」
不意に背後から声をかけられ、思わず上ずった声が出てしまう。
まだ着替えを身に着けていないかもしれない、という可能性を考え、振り向かないで応える。
「ドライヤー、ありますか? なければ仕方ないんですけど」
「あ、ああ、ドライヤーな。えっと、あったっけな……」
遺品を整理した時に、姉貴が使っていたものがあったのを思い出し、荷物を漁る。
俺自身は使ったことがないが、こんなところで使うことになるとは。
「何でこっちを見てくれないんですか?」
「いや、お前がさっきみたいに隠さずいたらさすがにジロジロ見るのは、って」
「私、そんな特殊な性癖持ってません。ちゃんと服はお借りしたのを着ていますから」
本当かよ。
はいドッキリ大成功! とか言って実は全裸でした! なんてことがないことを祈りながら恐る恐る振り返ると、俺の用意したTシャツと短パンを履いた露木の姿がそこにはあった。
内心でがっかりとほっとする気持ちがせめぎ合うが、ここはすんなりと安堵感が勝利した。
「ほ、ほらこれ使え。姉貴のだけど、ほったらかしより使ってもらった方が姉貴も喜ぶかもしれん」
「ありがとうございます。お姉さんって……」
「ああ、もう死んだけどな。気にしなくていいし、早く乾かさないとボサボサになるぞ」
追及されてもめんどくさい、と考えて俺は露木にドライヤーを押し付ける。
案の定気になる、という顔で露木は俺を見ていた。
俺の気持ちを察したのかそのまま露木はバスルームに戻っていき、また戻ってきた。
「……どうした?」
「いえ、あそこにはコンセントなかったので。こっちでやってもいいですか?」
「あ、ああ、そうだよな。そこのコンセント使えよ」
確かに漏電やらの危険性を考えたらあんなとこにコンセントなんかあるわけないのに、何をしてるんだ、俺は。
動転しすぎじゃないか?
少しするとドライヤーのモーターが回る、ブオオオという音が聞こえてきて、いい匂いがしてくる。
これ以上俺を惑わせないでもらいたいのに、何なんだこの状況は。
そんなことを考えた時、ドライヤーの音が止んで露木がこちらを向いた。
俺の心の声が聞こえちゃった、とか?
「何だよ、全然乾いてなくないか? そんなんでいいのかよ」
「あ、いえ……その、良ければということなんですが」
「はぁ?」
「髪、乾かすの手伝ってもらえませんか? 見ての通り長いし、自分一人でやると偏ってしまうので……」
「…………」
更に女の子の髪に触る機会があるなんて。
何にしてもこいつ、ちょっと無防備過ぎないか?
何か起こってからじゃ遅い気がするんだが。
まぁ、男ってのは獣だし、ちょっとくらい怖い思いでもすれば懲りるか?
そう考えて俺は、露木の申し出を受けてやることにした。