46:五月十一日その①
「じゃあ優木くん、今度は私たち次の段階に進むべきだと思うんですよ」
「じゃあって何? 次もクソも俺、意識的にお前と何かした記憶とか……なくもねぇけど」
立川とのデートが終わったと思ったら次は露木という、ヘビーローテーション。
週末くらいしかまともに構ってやれないから、というのはまぁわからなくはない。
それにしたって、いきなりこいつが二番手で来るとかちょっと俺には荷が重い。
「っつーかさ……何で場所がここなわけ?」
「だって優木くん、人目気にするじゃないですか」
露木が選んだのは俺の部屋、つまりお家デートというそれなりの期間付き合ってきて、いざ、みたいなカップルが選ぶハイレベルなデートだ、と俺は思う。
こいつはどう思ってるのかと言えば、何をしても大丈夫、くらいに思っているらしく俺は言わば猛獣の前のエサみたいな立ち位置なわけだ。
「ああ、するよ。お前みたいなのと一緒じゃ尚更な」
「何ですかそれ。それは、人目ないから何してもいいぞ、っていう前振りですか?」
「あ、お前その布団からこっちくんなよ。お前の魂胆は大体わかってっから」
「…………」
先日池野さんが買ってきたゴム製品は、俺の部屋の良く見える場所、テーブルの上に鎮座している。
いつでも使えるぞ、っていうことじゃなくて寧ろ逆だ。
誰かが開けたりしたらすぐにわかる様に、という防止策であって、今日これから使うという予定も断じてない。
とっとと捨てりゃよかった、ってのは童貞の話じゃなくてそのゴム製品のことだが、こんなところでまで俺はもったいない精神が働く貧乏性であることを悔いた。
「でも近くにいられなかったら、デートにならなくないですか?」
「いいんだよ、これで。お前と一緒にいると俺までおかしくなりそうだ」
「それは暗に、私を愛しすぎちゃって、みたいな?」
「ちげぇから」
「即答しなくてもよくないですか!?」
そうは言ったが、大体こいつの言ったことは間違ってはいない。
肯定するのは何となく悔しいが、先日も気の迷いで危うく自ら過ちを犯すところだったということもあって、俺は今、修行僧の様な心境でこのデートに臨んでいるのだ。
「沙紀ちゃんとは結構べったりだったって聞いてますけど」
「あの野郎……口が軽いぜ……」
「一応ある程度の情報共有はしてますから。ずっと手つないでたんですよね?」
「……黙秘権を行使する」
「何処までやったんですか? まぁ、黙ってたって本人から聞いてるし、無駄なんですけど」
ああ、ウザいなぁ……。
こいついつからこんな攻めたキャラになったわけ?
ていうか聞いたんだったら別に俺に聞かなくてもいいだろ。
「動画見ましたよ。優木くん、女の子を庇って戦うなんてカッコいいことしてましたよね」
「動画ぁ?何だそりゃ」
「え、知らないんですか? ほら、これですよ」
露木がスマホを取り出し、とあるSNSを開く。
そこには……。
「誰だこれ、いつの間に……」
「あそこで撮ってた人、結構いたっぽいですよ。まぁこういう時代ですし、おかしいことはないんじゃないかと」
「…………」
迂闊だったと言わざるを得ない。
あのバカ二人との戦いの一部始終が撮影されていて、しかも……。
『俺の女に何しようとしたんだ?』
おいおいおい……黒歴史以外の何物でもないだろ、これは。
最近のスマホってこんなくっきりはっきり映って録音までされちゃうわけ?
「俺の女、ですか。いいなぁ、私も言われてみたいです」
「……そんなことか、いいぞ」
「え? 本当ですか!?」
「はしゃぐな……あとこっちくんな。おいつゆ……俺の女。頼むから大人しくしててくれ」
「……はい?」
俺の女と言われたい。
こいつは確かにそう言った。
ならば話は簡単だろう。
「おい俺の女、それより昼飯どうする? コンビニでいいか?」
「…………」
「おーい、俺の女? 腹、減ってねぇの?」
「…………」
「聞こえてねぇのかな。俺のおん……」
「やめてください!! 何なんですか!! バカにしてるんですか!?」
「お、おおぅ……?」
キレる若者、マジで怖え……。
まさかここまでガチでキレるとは思わなかった。
今にも襲い掛からんばかりの勢いで、露木は俺を睨みつけている。
「……そういう意味じゃないって、わかりますよね?」
「あ、はい……」
「優木くん、本当は私のこと嫌いなんですか?」
「いや、別に……」
「じゃあ好きですよね?」
「えっと……」
「好きだ、はいリピートアフタミー」
「…………」
何、何なのこいつマジで。
俺に何させたいわけ?
「言えないんですか?」
「……いや、お前そんな無理やり言わせて嬉しいの?」
「無理やりじゃなかったら言ってくれないですよね? 優木くんはそういう人です」
よくわかってらっしゃる様で何よりだ。
大体そういうのって常日頃から言ってたら、どうせそのうちふーん? そうですか、とか言われてあしらわれるんだよ。
つまりこういうのってありがたみが大事だと思うの。
「俺、生粋の日本男児だから……」
「何ですかそれ。日本男児は好きとか言ったらいけないんですか? じゃあ優木くんはトンカツとか好きですけど、好きって言わないんですか? そういうことですよ、優木くんが言ってるのって」
「お、おい落ち着け。ほらあれだよ……シチュエーションとかさ。雰囲気って大事じゃね?」
「へぇ、雰囲気。じゃあ優木くんは、雰囲気やシチュエーションが整っていれば愛情のこもったセリフを口にすることも厭わないと、そう言いたいんですね?」
「え?」
俺、そこまで言ったつもりねぇけど……。
しかし露木の耳にはそう聞こえて、俺はイタリア人の様に愛を囁くキャラに変貌すると思っている様だ。
しかしここで、そんなわけあるか、などと言おうものならまたこいつの怒りに火をつけることになりかねない。
本当、女ってめんどくせぇ。
「わ、わかった。否定はしない。しないけど、そういうのはあれだ……大人になってからってことで」
「それは優木くんが童貞でなくなれば、いいという意味ですね?」
やっぱそうくるのか。
こいつの脳内で、さぁ一緒に大人になりましょうと鼻息荒くしている露木の姿が展開されて俺は戦慄する。
言葉のチョイスを間違えたという自覚はなくもないが、あれ以外どう言えば良かったというのだろうか。
「ま、待てよ。お前はとっても魅力的な女の子なんだ。残念なところが最近際立ってるが、世間一般で言うところの美人に分類されると思う。そんな美少女が、いくら想い人相手だからって安売りするのはどうかと思うんだ」
「美少女? 優木くん、本気でそう思ってるんですか?」
「あ、ああ。当たり前だろ? お前のことブスだなんて思うやつは多分いないんじゃないかって……」
そこまで言った時、露木が俺の言うことを破って布団から俺の目の前まで目を輝かせながら、一瞬で移動してきた。
「じゃあ、別に障害とか何もないですよね? 一緒に大人になりましょう」
そう言って露木に腕を取られ、そのまま布団へ転がされる。
え、またこの流れなの?
ていうかこないだは運よく邪魔が入ってくれたから俺は助かったけど……確か今日はあいつら誰もこないって話だった様な。
俺、いよいよピンチじゃね?




