45:五月十日その②
「あーあー、どうしてくれんのよ」
「靴にかかっちゃったじゃん、ジュース」
「ご、ごめんなさい」
立川が乗りたいとご所望されたものは大半乗り尽くし、そろそろ締め行っとく? となった時。
時間は十二時に差し掛かろうという、お昼休みはウキウキウォッチングな時間だ。
腹も減ってきたし飯でも食う? と提案してみたが先に観覧車に乗りたいとのたまった立川。
じゃあ水分補給だけでも、なんて思ってジュースを買った時のことだった。
割と慎重にこちらとしては受け取ったジュースをこぼさない様に、って配慮して動いていたつもりだったんだけど、立川がそこでちょこっと、本当にちょこっとだけぶつかりそうになった通行人の足にジュースを零してしまった、というもの。
まぁ、こいつらがわざとぶつかってきたであろうことは、目を見てすぐにわかったわけだがひとまず経過を見守ってみよう。
「どうしてくれんの? 今日初めて履くんだけど」
はいこれも嘘。
買ったのが去年の暮で、十回以上は少なくとも履いてるのがわかっている。
そしてこれがこいつらの手口で、女を巧みに手籠めにしてきているというある意味で凶悪犯みたいな連中だ。
俺としては、記憶を見ただけで証拠にはならないし、決定的なことをしでかしてくれたら口なり手なり出してもいいかな、と考えている。
立川には悪いが、多少の危機感を持ってもらった方がこれからの為だ。
「彼氏、何か言うことないの? 出すもの出すとかさ」
「…………」
「ビビってるのかぁ? だんまりだよこいつ」
歳は二つ上ね……まぁ敬意の欠片も持てないから敬語とか使う気にはなれんけど……それにしても、こんな日にこんな訳わからん連中に目をつけられるなんて、俺の不幸さ加減も極まってきてんな。
「ゆ、優木くん……」
「…………」
「彼女差し出すか……あとはわかるよなぁ?」
「……わかるかボケ。シミにすらなってねぇリンゴジュースがかかったとか、お前ら何? 鑑識にでもその靴持ってく? こんな白昼堂々とゲス発言どうもご苦労様ってとこだな」
俺はスマホをかざし……とは言っても電子マネーをこいつらにくれてやる目的ではないが、録画アプリで今のやりとりの一部始終を記録していたんだよ、という意思表示をする。
もちろんハッタリではなく、俺としてもこういう事態を全く想定していなかったわけではないので、事前準備的なことはしていた。
本当に使うことになるとは、正直思ってなかったが。
「あっ!? て、てめぇスマホ寄越せ!!」
早速やばいと思ったらしい一人が、俺に掴みかかる。
咄嗟に立川を突き飛ばしその男の手を避けたとき、本当にジュースがどばっと零れるのが見えたが、こうなったらそんなことに構ってはいられないだろう。
「そんな沢山情報入ってねぇスマホでも、お前らにくれてやろうなんて気にはさすがにならねぇわ。そんな慌てるくらいなら、もっと相手をよく見て絡むべきだったんじゃねぇの?」
「っこの……」
「優木くん……」
「こっちくんじゃねぇぞ。人込みに紛れてろ」
心配そうな立川にそう告げて、とりあえずこいつらを立川から遠ざける算段をする。
それにしても人目がかなりあって、既に若干騒ぎになりかけてるってのにまだ俺を追い詰めようなんて考えてるんだから、こいつらの頭のおめでたいことったら。
「こんな大勢の前で恥かかせようってんだから、覚悟は出来てんだろうな」
「なら、こんな大勢の前で事を構えようってんだからお前らこそ覚悟しろよ、って返そうか」
「死ねええええ!!」
武器などは所持していない様で、律儀にも素手で殴りかかってくる男たち。
とは言っても二人程度ならどうにでもなるんだが……人目がある、というところをいっちょ利用させてもらうことにしようか。
「オラァ!!」
顔面に衝撃があり、俺は体ごと派手に吹っ飛ばされて周りから悲鳴が上がる。
もちろんくらう瞬間に自分から飛んでいるから、俺自身にはほとんどダメージがないし、周りから見たらパンチ一発がどんだけの威力なの? って感じに見えるかもしれない。
俺が一時的にでも一方的にやられていた、という事実を作る為の作戦の様なものだ。
「口だけかよおい! ええ!?」
そんな俺の思惑に気づかない目の前のおめでたい男たちは、懸命にその手足を振り回して俺に攻撃を加えているつもりになっている。
もちろん多少のダメージはあるし、加減を誤って口の中を少し切ったせいか血の味がする。
「……こんなもんでいいか」
「ああ? 何ぶつぶつ言ってんだお前」
「もうそろそろ警察とか来るんじゃねぇのか? 取るもん取ってとっととケリを……」
そう言って相棒の方を見た、男の横面へと回し蹴りをぶち込む。
「いやぁ……あんまダメージなくてもよ、ちょっとだけ頭に来ちまったわ。俺の女に何するつもりだったんだお前ら。言ってみろよ」
こいつらが先のことまで想像していてくれたせいか、俺の頭に流れてきた記憶で立川が随分と酷い目に遭わされそうな気配だけはしてたから、ここいらで再起不能な感じにでもしてやろうと考えてはいたが、あまりにも調子に乗って攻撃してくるものだから尚更その怒りが蓄積してしまったというのが正直なところ。
一人は蹴りで気絶したみたいだが、もう一人はさっきまで俺に攻撃を加えていたとは思えないほどに青ざめて狼狽し始めている。
つるまないと何もできないタイプか。
「あんまりにも頭にきたから……お前ら二人とも、殺しちゃうかもしんない」
そう言って口元を歪めて笑ってみせると、無事な方の男が倒れた男を置いて逃げようとした。
そこまでは何となくわかっていたので、俺も全力で走って回り込むと逃げた男の腹に前蹴りを叩きこむ。
「おい、ゴミ置いて逃げんな。不法投棄だぞ。それ持ってとっとと消えろ。ま、せいぜい警察に捕まらない様にしろよ」
そう言って唖然とした衆目の中から立川の手を取り、走り出す。
「ちょっと、どうするの!?」
「バカ、のんびり乗り物なんか乗ってられる状況か! 逃げるんだよ!!」
のんびりしてたら俺たちまで警察に捕まる懸念がある。
いくら殴られていたという証拠があっても、女連れで補導だの逮捕だのはさすがにまずい。
そんなわけで、観覧車が……とか呟きながらもついてくる立川を引きずる様にして俺たちは遊園地を出た。
「……ここまでくりゃ、大丈夫か」
「…………」
「いつまでそんな顔してんの、お前」
「だって……」
心の底から残念そうな立川。
それにしても結構な距離走ってきたけど、あんま息が切れてないのは結構なことだな。
先輩の鍛錬の成果か?
「……一応聞いておいてやるけど、観覧車でお前、何したかったの?」
「それは……」
いや、わざわざ聞かなくてもわかってたんだけどね。
こいつは露木と同じことを、もう少しドラマティックなシチュエーションで、と考えていたのだ。
だから俺なんかとつるんでたらロクなことにならないって言ってんのに。
「まぁいいよ、またちゃんと連れてきてやっから。だからそんな顔すんな。それより俺の不幸に巻き込んで、悪かったな」
こういう顔させたくないから、遠ざけてたっていうのに。
何でこいつらにはそれが伝わらないんだろうか。
「いいよ、観覧車じゃなくても出来ることだから」
「せっかく触れないでやったのに、何でわざわざ触れてくんの、お前」
「だって、言わないと伝わらないでしょ?」
「…………」
そんな期待を込めた目で見られても……。
兎にも角にもいらん運動したせいで腹も減ったことだし、当初の予定とはちょっと変わってしまったが飯食って地元に戻ろう、ということにした。
その後で俺が立川に何をしたのかは、二人だけが知ることだ。




