41:四月二十七日その④~覚醒~
「君はその力に頼って生きてきたとばかり思っていたが……どうやら大分違う様だ」
「…………」
この男の得意とするのは先輩と違って力圧しではなく、流れに身を任せる言わば柔術や合気道を源流とする動きの様だ。
単純な力だけで言えばおそらくは先輩の方が上だ。
そして俺の力が通じないというのはおそらく禁呪とやらのせいなんだろう。
しかしこの禁呪を一瞬だけでも打ち破れるのではないか、という可能性は一つだけ見出してある。
こっちが読み込むことは現状出来ないが……送り込む方に関しては、通用することが先輩を相手にして実証されている。
つまり、流し込んだ瞬間に出来る空白の時間。
この瞬間を狙ってばっちりと目を合わせればこいつからも記憶を読みとることが出来る、という一応の理屈は頭の中にある。
しかしながら、先輩を鍛えた師匠でもあるというだけあって、なかなかその隙が出来ない。
「いい動きだな。あらゆる体術を、人の記憶からモノにしてきたんだろう」
「るっせぇよ、評論家かっつーの。とっとと俺に殴り倒されとけよ!!」
先輩に食らわせた時と同じ様に、足元の砂を蹴り上げると龍門は一歩飛び下がって、何事もなかったかの様に構え直す。
さすが、娘とは一味違うってところか。
「君のご祖母は、お元気なのかな」
「……あ? 殺したって死にそうにねぇよ。それがどうした。っつーか何であのクソババァを知ってやがる」
「昔、少し親交があってね。君はあの、呪われし命運を受け継いだ子なんだろう?」
「どうやら聞かなきゃいけねぇことが増えちまったか。タコ殴りにして、身動きできねぇ様にしてからゆっくり聞かせてもらうぜ!!」
龍門があのババァとどんな繋がりを持っているかは知らないが、どうやらあのババァはこいつがここにいると知っていたと推測される。
本当に、いい性格してやがるぜ。
「どうした、目に見えて動きが悪くなったぞ。私とご祖母の関係が気になるのかな?」
「ほざけ。てめぇがあのババァとどんな関係だろうとどうだっていいぜ、そんなもん」
「そうか、なら何故あの力を使わない? 今君が相手にしている私という人間は、かつて君のご祖母を相手に手も足も出なかった。それはひとえに、あの力の強みだと思うが」
「……余計なことくっちゃべってんじゃねぇよ、ご老体!!」
龍門の変則的な動きが速さを孕み、徐々に対応しきれなくなった俺は圧倒され始める。
先輩が驚いた様な顔で俺を見つめるのがわかった。
それもそうだろう。
今までに先輩は俺がここまで圧倒されているところなんか、見たことがなかったはずだ。
「このままじゃ君の本懐は遂げられなくなる。それでいいのかね、優木要くん」
「馴れ馴れしく、呼ぶんじゃねぇよ」
割と必死で致命傷だけは避けてきたつもりだが、それでもダメージの蓄積は免れない。
ここで倒されるダメージと、俺が本気を出した場合の反動と……どっちがでかいんだろうな。
「優木! お前の力はそんなものじゃないだろう!!」
「……うるせぇな、外野は引っ込んでろよ」
確かにそうなんだけど……そうなんだけど、こっちにも都合ってものがある。
あのババァから受け継いだ俺の力。
それは絶対的な力であることに違いない。
しかしその絶対的な力は、加減を間違えれば相手だけでなく自分も滅ぼす諸刃の剣でもある。
だからその力を使わずに済む様にと、俺は研鑽を積んできたのだ。
それでも及ばない相手には、遠慮なく使うべきなのか。
『お前がどうしてもその力を使いたくないんだったら、お前自身が強くなるほかない。力無き者が淘汰されるのは、いつの時代も変わらないもんさ』
こんな時に、ババァに言われた世迷言が頭をよぎる。
奪う為だけにあると思っていたあの力。
「何を迷うことがあるのだね。君の絶対的な暴力は、生身の君を守る為の力でもあるんだろう。そして君には、彼女たちを守る役目もある。違うかね?」
「……るっせぇ」
「今そこで寝ている彼女たちが、君が倒れればどうなるか……わかるかな?」
「…………」
いい歳こいて女子高生相手に何するつもりなんだか知らないが……聞いてて胸の辺りがムカムカしてくるのがわかる。
「よぉ、俺が勝ったら会長の禁呪とやらももちろん解除するんだよな」
「約束にはなかったが、それもいいだろう。もちろん君が今のままで勝てると思うのであれば……それは一生叶わない願いになるだろうが」
「聞いたからな。死んでも守ってもらうぜ」
別に特別な詠唱だとか、そういうものは必要ない。
魔法とも呪文とも違う、俺の中のリミッターを完全に解除するだけのこと。
もしかしたらマジのマジで殺しちまうかもしれないが……ここで負けることは許されない。
「君の体から、力が溢れてくるのを感じるよ。そうだ、これだよ」
「まだ半分程度だ、いい歳してはしゃいでんじゃねぇ」
「それで半分なのか……なら私も待とうじゃないか。君の力はご祖母を遥かに上回っている様だ」
あのババァの本気とやり合った経験か。
俺が知ってるだけでも、あのババァは確かに相当な化け物だった。
初めてあの力を見せられた時は、震えあがったのを覚えている。
そして俺にもその力が備わっていて、日を追うごとにババァの力は俺に流れ込んできていた。
家族の誰かに受け継がれるとばかり思っていたその力は、俺の目と同様に誰にも受け継がれることはなく、静かに俺に宿っていった。
『そんなちゃちなものじゃなく、こんなものだってお前なら潰せるだろ』
ババァに渡された鉄塊は、俺が力を込めると手の中でまるで紙でも丸めたかの様にくしゃくしゃになった。
当時、俺の中に握力がパンチ力を左右するなんて概念は当然なかったが、それでもこの力が人間相手に振るわれたら、なんて考えて俺は自分自身をも恐れたのだ。
力を、人を傷つけることを恐れた俺に、あのババァはそんな力に頼らなくても済むくらい強くなれと言った。
それでも及ばない相手に遭遇したら、躊躇わずに力を振るえ、とも。
『お前には生きる使命がある。生きて果たさないといけないことがあるんだ。死んで楽になろうなんて結末は、お前を待ってはいない』
つまりどんなことがあっても生きろと。
あのババァはそう言った。
きっと家族が生きていれば、同じことを言うんだろう。
「素晴らしい力だな」
「全力まではまだ少しあるけど……お眼鏡には叶いそうか?」
「もう既に君の力はご祖母を凌駕しているよ。私などが敵う見込みはないだろうな」
「そうかい。じゃあ……二十二発。俺がやられた回数だ。残らず返すから、きっちり受け取れよな」
空気と一体化したかの様な、体の軽さ。
これでもまだ全力には少しある。
全ての景色が流れる様に映り、そして一瞬の間で龍門の体にはいくつもの傷が刻まれる。
黙って攻撃を受けていたわけではないのか、先ほどまでの俺の様にある程度のダメージを避けるべく行動をした様だ。
「これほど差があるとはね。これでも今日まで鍛錬を怠ったことはなかったんだが」
「人間が到達できるもんじゃねぇってババァは言ってたからな。もう後二発残ってるが、どうする? まだやるか?」
「キリが悪いな。受けて立とうじゃないか」
「父さん、もうやめてください」
「これが私の運命なのだ。彼女の力が彼に受け継がれたとわかったあの日から……私はこの日の為に生きてきた」
そう言って龍門は手を先輩に向かってかざし、何やら呟く。
右の肩口の辺りが発光し、先輩が軽く呻くのが聞こえた。
「琴音、これでお前はもう自由だ。彼に全てを隠すことなく見せることが出来るだろう」
「先払いとは、気前がいいな。あんたはここで死ぬ覚悟を決めたのか?」
「ただただ死ぬつもりはないよ。だが……君には勝てないんだろうな」
遠い目をして、しかし楽しげに龍門が呟く。
やっと、この時がきたのだ、そう口走り、龍門は構える。
「わかってんなら別にいいぜ。丁度全力みてぇだからよ。せめてもの餞に見せてやるよ」
何を龍門が望んでいるのかはわからない。
しかし彼の望みの一つであるという、俺の全力。
それをぶつけることであいつらも先輩も、そしてこの俺も救われる。
じゃ、やるか。
そう呟き、俺も龍門へ向かって駆ける。
龍門には俺の姿はどう見えたんだろうか。




