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32:四月二十二日その②

「お帰りなさい、優木くん」

「…………」


 能天気に俺を出迎える、サングラスつきの露木。

 俺は一体、この女をどうしたいのか。

 無言で弁当と揚げ物を渡し、何故か買ってしまったプリンが目に入る。


「あ、それ……」

「……ああ、お前の顔見ながら目の前で食ってやろうと思ってな」

「えっ……あ、でも優木くんが食べたくて買ったなら、優木くんが食べるべきですよ」


 バカでかいサングラス越しでも、露木が笑っているのがわかる。

 何でこいつ、俺がこんなクソみたいに意地の悪いこと言ってんのにこんな顔で笑えるんだ?

 

「冗談に決まってんだろ、バカ」

「え、でも……」

「プリンが目に入って、お前の顔……じゃなくてそういえば露木がプリン好きだったよな、って思い出してつい買っちまっただけで……俺は何言ってんだ」

「え、あの」


 意味が分からないと言った様子の露木だが、わからないならその方が助かる。

 俺としても今の段階で心を乱されてたまるか、という思いもあるし、何より別に悲しい顔とかが見たいわけじゃない。

 だけど……こうしていつでもニコニコされてるのも、何だか無理をさせているんじゃないかって、そんな風に思うのは何でだろうな。


「と、とにかく! お前のだからお前は飯食ったらこれも全部食え。ノルマだからな、異論は認めない」


 物凄く意味不明な暴論だ、と自分でも理解している。

 しかし一つ自覚してしまうと、どう扱ったらいいのかわからなくなってしまう。

 俺はきっと、こいつを拒絶できなくなってしまっている。


 そんなことに気づいてしまって、俺はもう全てが手遅れなのだということを悟った。


「優木くんってやっぱりツンデレですよね」

「あぁ!?」

「さ、食べましょう。お腹空きましたし」


 そんな俺の心境など知らず、呑気にも露木は弁当を温めにかかる。

 その後ろ姿……見慣れた学生服のはずなのに、何なんだろうか、この胸の高鳴りは。

 特に腰のあたりを見ていると、胸だけでなく色んなところがもやもやムカムカしてくる様な、おかしな感覚を覚える。


「どうしたんですか、優木くん。何かついてます?」

「!!」


 ついつい視線を外すのを忘れて露木の尻をガン見していたらしく、視線を感じた露木が俺を不思議そうに見る。

 

「あ、そうですよね、お腹空きましたよね」

「え、あ、えっと……」

「もう少しですから、待っててくださいね」

「ば、バカちげぇっての。その、ウンコついてそうだな、って」

「…………」

「…………」


 やっちまった。

 何でよりにもよって、しかも女子相手にウンコついてそう、とか……。

 しかもこれから飯食うって言うのに。

 

 カレーとか買ってきた記憶はねぇけど、さすがにこれはないって自分でもわかりすぎるくらいわかってしまった。


「優木くん」

「は、はい……」


 さすがにこれは怒らせたに違いない。

 いや、悲しんでるかもしれない。

 どっちにしても、俺は露木を傷つけたかもしれないのだ。


「確かめてみます?」

「……はい?」

「あ、でもちょっと待ってくださいね、本当についてたら恥ずかしいので……」

「は? お、おい」


 俺が止める間もなく、露木はトイレへ消えていく。

 まさか確認とか、律儀なことしに行くとは……。


「お待たせしました」

「…………」

「お、お尻……見たいんですよね?」

「い、いやいいから。嘘だから、あんなの」

「ええ!? もう……ああいうデリカシーのないこと、私だからいいですけど……他の子に言ったらダメですよ?」

「……お前はいいのかよ」


 ていうか今見せられたらもう、何をしでかすか自分でもちょっと想像が出来ない。

 もはや暴走してもおかしくないだろう。


「優木くんにだったら、別に何をされてもいいと思ってますよ」

「戯言だろ、そんなの。乱暴にされてポイ捨てされても文句言わないって?」

「言わないですね。万に一つもあり得ない話ですけど、そうなったら私に見る目がなかったって諦めます」

「バカじゃねぇの、マジで」


 ふふ、と笑いながら露木は温まった弁当を俺に渡してくる。

 何でそんな手放しに俺なんか信用できるんだよ、こいつ。

 そう思った時、手に違和感を覚える。


「な、何だよ……離せよ」

「優木くん、私のこと好きですよね」

「は、はぁ!? そ、そんなわけ……」

「自分で気づいていないんですか? 優木くん、顔に出やすいんですよ」


 弁当を持ったままの手を握られ、そんなに力が入っているわけでもないのに俺は逃げ出すことが出来ないでいる。

 ダメだろ、逃げないと。

 そう思ってるのに、体が逃げることを許してくれない。


「お、おいやめろ。それ以上こっちに来るな」

「嫌なら、拒絶してくれていいです」


 そう言いながら、露木は俺の手から弁当を奪うとテーブルに置いて、再び俺の手を握る。

 握られた手が、何故だかとても心地よく感じられて躊躇いながらも握り返してしまった。


「体は正直ですね」

「……変な言い方すんな」

「突き飛ばしても、いいんですよ。それくらいじゃ私、壊れたりしませんから」

「…………」


 嫌な言い方してきやがる。

 俺がそんなこと出来ない段階にいることを、こいつは理解している。

 だって、きっと俺はこいつを――。


「私、どうしても優木くんが好きです。ほしいんです、優木くんが」

「…………」


 かつてないほどに近く、すぐ真横から聞こえる露木の声。

 ふわっと露木の香りがして、体に露木の重みが加わるのがわかる。

 心臓が一瞬物凄い勢いで跳ねて、きっとこんなに密着してしまっていたら、その鼓動すら伝わってしまっているであろうと思われた。


「優木くんも、人間なんですね」

「当たり前だろ。変な能力があるだけの、普通の男子高校生だよ」

 

 主に何処が、とは言わないけども。

 割とヤバい距離、密着感、感触。

 それら全てが全力で俺の理性を攻撃してくる。


 抱き着かれてる時点でもはやアウトなのは明白なのに、ここへきて俺はまだなけなしの理性を保つべく奮闘していたのだ。


「は、離れないか? め、飯食わないと」

「だから、嫌なら突き飛ばしてくれていいって、言ってるじゃないですか」


 こんなバカみたいなサングラスしてる女相手なのに、何で俺はこんなにドキドキしてるんだ?

 そう言われて突き飛ばすことも出来ない、こんなにもヘタレだったか、俺。


「私、ご飯よりも優木くんがほしいです。もう、いいですよね?」

「…………」


 いいよ! とかいいね! とか言える様なキャラなら、ここでめでたしめでたしとなって終わったんじゃないかって俺は思う。

 だけど俺は卑怯だから、ここでうんともやだとも言えない。


「あ、でも……アレ、買ってきました?」

「アレって……?」


 この局面でアレと言えば、おそらくは……というか一つしかないだろう。

 露木が言ってるのはきっと、避妊具のことだ。

 そうじゃなかったら俺はただの間抜けだし、他のものだったら何に使うつもりだよ、って話になってしまう。


「は、初めて同士ですから、いらないですよね」

「い、いや待て。大体そんなこと……」

「今更逃げるんですか?」


 くだらなく色々グダグダと考えている間に、露木は俺を組み敷いて自分のブラウスのボタンを片手で一つずつ外しにかかっている。

 俺の童貞もここまでか……!

 そう思われた時、俺の携帯が着信で鳴動して俺と露木は一斉にそちらを見た。

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