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3:四月十一日その③

 人を助ける。

 俺の人生において、まずありえないシチュエーションの一つだと思っていたものの一つだ。

 何故なら俺は他人を拒絶して生きてきて、それは周りの人間も同じだったから。


 避けて避けられての応酬とも言える人生を送ってきた俺にとって、まずありえないはずのもの。

 しかも具体的にどう助けてほしいのか、という方法については俺に丸投げ……一任って言い方もあるか。

 女の子を助けて俺もリア充の仲間入りするぜ、みたいな考えにはちょっと至らなかったし、助けたからって俺に何か得があるのか、と言われるとそういったものも特には見当たらない。


 しかし家族が死んでしまう前夜に言ったあの言葉の数々。

 それらが俺を駆り立てたと言っていいだろう。

 そして今日であれば俺には時間がある。


 露木の方も、取り立てて何か用事があるわけではない、ということもあって俺は生まれて初めて女の子の家に行くことになった。


「ここまで来といて何だけどさ、男なんか連れ帰って大丈夫なのか?」

「問題ないと思います。一応家族以外の人間が来たって言うことで取り繕う様子は見せるんでしょうけど。けど、優木くんにはその仮面を引きはがしてもらいたいんです」

「って言うと?」


 引きはがすって、穏やかじゃないななんて思って露木を見ると、露木は下を向いて唇を噛んでいる。

 つまりは俺に、母なり父なりと目を合わせてもらって、その記憶をどうこうしろって話なんだろう。

 露木に渡したらいいんだろうか。


「お前は親のことを、どれだけ知っているんだ? 昔馴れ初めについて聞こうとして殴られたのは見たけど」

「そうですね。それが全てと言ってもいいくらいです。おかしいと思いませんか? 普通の家庭の夫婦って、それなりに愛情を持っていて然るべきだと思うんです。もちろん家庭が冷えてしまっているというのも一定数はいておかしくないかもしれないですが……それなら離婚なりしているんじゃないかと思うんです」


 もう後数十メートル、というところまできて、露木は足を止める。

 どれが露木の家かわからないので俺も合わせて足を止め、露木を見る。

 何とも言えない表情。


 両親がお互いの誕生日を迎えても祝い事一つせず、プレゼントを贈り合うこともない。

 それゆえに物心つくまで、周りが誕生日を祝っているなどという常識すら知らずに育ち、盛大に友達からバカにされた記憶。

 俺とは真逆の環境だという印象を持った。


「……まぁ、確かに馴れ初め聞いただけで殴られるなんておかしいわな。子どもなら気になってもおかしくない部分だと思うし。俺の両親はその点円満だったんだなって改めて思うわ」

「…………」


 露木の考えていることは何となくだがわかる。

 あの両親には人に言えない様な秘密があって、それが露木の殴られたことに繋がっている。

 その秘密が現在に至っても、家庭を冷やしている原因になっているのだと。


 そしてその秘密を俺に暴いてほしい、そういうことなんだろう。


「話は大体理解したけど、本当にいいのか? もしかしたら今まで見たいに家族でいることさえ難しくなっちゃうかもしれないのに」

「構いません。私には家族が大事で誇りで、ってどうしても思えませんから」

「…………」


 家族の形は一つじゃない。

 少なくとも俺の家族は死ぬその間際まで円満だった。

 それだけで幸せに思っても良かったのかもしれない。


「わかった。何とかしてみるわ。けど、円満な解決なんて期待しないでくれよな。俺の力はきっと、人の関係を壊してしまうものなんだから」

「いいえ、私はそうは思っていません。実際私は優木くんと知り合って、良かったと思っていますから。結びつける方向にだってきっと、働かせることが出来る力なんですよ」

「…………」


 何でこんなことを、恥ずかしげもなく言えるんだこいつ。

 照れを隠す様にして、俺は顔を見られない様に露木の後ろを歩くことにした。


「ここです。準備はいいですか?」

「ああ」


 準備って……俺は少なくとも戦ったりするつもりはない。

 しかし露木にとっては自分との、今までの人生との戦いみたいな意味合いのこもった願いだったんだろう。

 そしてそれに今日決着をつけることが出来る。


 どんな形で決着するのかはわからないが、それが必ずしもいい方向に行くとは限らない。

 それでも歩みを止めようとしないのであれば、覚悟を決めているというのであれば、ここまで来てしまったのだから俺も力を貸してやろうと思った。


「……ただいま帰りました」


 そう言って露木が玄関のドアを開ける。

 俺も露木に導かれる形で玄関に入り、お邪魔します、と一言。

 中から足音が聞こえてきて、一人の女性がその姿を現した。


 見た目には身ぎれいな感じで好感を持てそうな感じ。

 露木は母親に似たのか、なんて思える。

 しかし、目が合った瞬間にその良好なイメージは俺の中で一瞬にして音を立てて崩れて行った。


「あら、お友達なんて珍しい。彼氏さん?」


 おそらく俺や露木でなければ見逃してしまう様な、装いに装いを重ねた、本音を隠しきった言葉。

 この言葉の裏に、どれだけの悪意が込められているのかは俺が見た記憶で悟ることが出来た。


「な……!」

「優木くん!?」

「優木……くん。あなたがね。そう、迂闊だった。あなたがあの優木要くんなの? だとしたら……見たのよね?」


 俺に見られたということそのものには特に抵抗がないのか、様子も語調も一切変えず、露木の母はニコリと笑う。

 その笑顔に込められた狂気が、俺にはひどく恐ろしかった。


「望、あなたが連れてきたってことは……私たちの秘密を探りに来た、ってところかしら」

「…………」

「世の中には知らなくてもいいことや知らない方がいいことが溢れているわ。だから話すことをしなかっただけなのに。そこまで知りたいのであれば、その子から記憶をもらうといいわ」

「……何で、俺のことを知ってる?」

「あなたは有名人なのよ? この街であなたのことを知らない人間の方が珍しい。たとえ会ったことはなくてもね」


 妖艶な笑みを浮かべ、露木の母は俺を見る。

 人の親が、娘の同級生に向ける様な視線とは思えないほどに狂った視線。


「優木くん……何を見たんですか?」

「お前は、見ない方がいい」

「何でですか!?」

「お前……あの母親の様子見てわからないのか? 尋常じゃない事実が隠されてるってことが」

「いいじゃない。見せてあげたら。それが望の望みで、悲願なのだから。知って尚家族でいられるなら、だけど」


 母の言葉に露木の顔色が変わる。

 家族という意識すら希薄なこの家族だが……それでもその関係を切ることになるかもしれない様な事実。

 俺が見たのは、露木が生まれるまでの過程。


 そして生まれてからの夫婦の冷え切った関係と、爛れた夫婦の様子だった。

 更に言ってしまえば、露木は元々生まれることを望まれてすらおらず、親戚一同も全員がおろせと言っていたという事実。

 これを俺の能力で見せていいものかどうか、判断に迷っていた。


 この母親がこんな風に狂ったのもおそらくは、露木の出生にルーツがある。

 それらを見せた時、露木がどうなってしまうのか、俺には想像もできなかった。


「見るのよ、望。その為に彼を連れてきたんでしょう? あなたには知る義務があるわ」

「……勝手なことを。以前は聞こうとしたら激昂して殴りかかってきたくせに」

「それはあなたがまだ、知るには幼過ぎたというだけの話よ。今はもう分別のつく高校生なんだから、知ってもらった方がいい。優木くん、やってあげなさい」

「…………」


 義務。

 つまり、自分がこうなった原因は露木にあると、その事実を知らせようということなのか。

 正直な話、ここに来るまではどんな事実であれ見せてやろうなんて思っていた。


 しかし……これはさすがに子どもに見せていいものではない。

 責任を問おうというのだって、筋が違うだろう。


「わかりました。優木くん、やってください」

「だけど……」

「本人がいいって言ってるんだからやっておあげなさいな。あなたはその為にここにいるんだから」


 こんなにも狂った選択を迫られるとわかっていたなら、俺はきっとこんなところに来たりしなかっただろう。

 ここがまだ玄関先で良かった。

 俺は覚悟を決めて露木に母親の記憶を見せてやることにした。

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