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2:四月十一日その②

『いつか、お前のことをちゃんと理解して受け止めてくれる人は、現れるよ要』

『そうだね、全部を知られるって確かに最初は恥ずかしいかもしれないけど……慣れると隠し事とかしなくて済むって思うし。ある意味で気楽じゃん。ちゃんとわかってくれる人は現れるよ』

『要は本当は優しい子なんだってこと、全員でなくても理解してくれる人が現れたら、私たちにも会わせてね』

『ああ……言われるまでもないさ』


 かつての、そしてもう二度と返ってくることのない思い出の一ページ。

 去年の俺の誕生日だった。

 そしてその翌日の、誕生日の記念にと出かけた旅行……あんなものに行かなければ。


 持病を抱えていたらしい観光バスの運転手が、その発作で運転中に意識を失い、対向車線から飛び出してきて父の車に正面衝突したあの日。

 姉貴は咄嗟に俺を庇って車から俺を突き飛ばした。

 全てが一瞬だった様に思う。


 当然ながら別れを言う間も、おそらくはあの三人が苦しむ間もなかったんじゃないかって今では思える。

 そしてそれだけが、あの三人にとって唯一幸いだったことなのではないだろうかと。

 結果として、三人は爆発炎上した車から焼死体として発見され、俺だけが生き残ってしまった。


 どうしてこんなことになったのか、未だにわからない。

 俺が田中の言う通りの疫病神だったのか、それとも単なる偶然なのか。

 俺の能力は呪われた宿命の証なのではないか、なんてことを考えたこともあった。


 ニュースにもなったし、奇跡の生還、なんてふざけたタイトルをつけて放送したテレビ局もあった。

 観光バスの運転手の過失を問われはしたが、それに関しては運転手だけでなく観光バス会社側も把握していなかったということに対する責任を問われ、俺の元には多額の賠償金が転がりこむこととなった。

 そして家族の遺産もそこそこの金額ある。


 にも拘わらず親戚一同は揃って俺を引き取ることを拒否した。

 家族だけでなく、親戚一同も俺の能力を目の当たりにして痛い目を見た経験があるからなのだろう。

 姉貴たちの様に考えてくれる様なやつは一人もいなかったらしい。


 幸いと言っていいのか、金だけはあったから俺は一人で生きることを選び、学校の寮に入ることになった。

 悲劇のヒーローの様な扱いもごめんだったし、憐みの視線を向けられることにも耐えられる気がしなかった俺は、誰とも顔を合わせない様にしながら日々を過ごすことにしたのだ。

 それでも田中の時の様に、気を抜くと誰かと目が合って、強制的にそいつの記憶が流しこまれるという悲劇は起こるわけだが。


 そしていくら金があるとは言ってもこれで俺の一生分が足りるのか、と考えた時はさすがに不安になった。

 だから俺は自分の力で金を稼ぐことを考えて、俺の存在がそう知られていない隣町のコンビニまで行ってバイトをしている。

 寮の門限なんかあってない様なもんだし、少しくらい遅くなっても誰も何も言わない。


 俺がただ一人、翌日眠い思いをするだけで済むのだから何の問題もないだろう。

 そう思っていたはずなのに。


「優木くん、聞いていますか?」

「……ああ。俺に何か用事なのか?」

「少しお話が、と言いましたよね? 今日は予定、空いていますか?」


 これは一体何の間違いなんだろうか。

 俺に話しかけてくる変わり者なんて、さっきの田中の様に頭のおかしいやつか、自殺願望でもあるやつくらいだと思うんだが。

 こいつはどっちなんだ?

 

 それとも、実は人違いでした、なんて話になったりとか……いや、はっきりと優木くんって言ったから俺のことに他ならないだろう。

 別に悪いことをしたつもりはないが、何となく不意を突かれた様な心境だ。


「空いてたら何だ? お前、俺の目見て話すなんて正気なのか? 俺の頭にはもう、お前の情報の全てが……」

「わかっています。だからこそ、頼みたいことがあるんです」

「…………」


 わかっててこれとか、やっぱこいつも頭おかしい部類なんだ。

 少なくとも俺はそう判断したし、俺と露木を見る周りの反応も俺の心境を表しているかの様だった。

 しかし当の露木はそんなものどこ吹く風と言った様子で淡々と自分の用件を伝えてくる。


 時間があるなら、場所を変えて話がしたい、ということの様だ。


「……別に構わないけど、俺と話すことなんて……」

「それは私が判断することです。もし私の記憶をみんなに流したいのであれば、それも好きな様にしてもらって構いません。些細なことですから」

「…………」


 いや、ちょっと前によく聞いた、カップルのリベンジポルノばりにやばいと思うんだけど。

 俺からしたら、割とそんな情報なのに本人からしたらそうでもないってことか?

 いや、俺はおかしくないはずだ。


『そうだね、全部を知られるって確かに最初は恥ずかしいかもしれないけど……慣れると隠し事とかしなくて済むって思うし。ある意味で気楽じゃん。ちゃんとわかってくれる人は現れるよ』


 不意に、頭の中にあのセリフがよみがえる。


「あね……き……?」

「はい?」

「あ、いや……ならもう行こうぜ。時間が惜しい。それに周りからじろじろ見られてると、ここにいる連中全員の記憶ぶちまけてやろうかって気分になってくるからさ」

「!!」


 俺の言葉を受けて、俺に睨まれたクラスメートたちは蜘蛛の子でも散らすかの様に退散していく。

 最初からそういう態度でいろって言うんだ、めんどくさい。


「わざわざそうやって悪意をふりまかなくても、いずれ退散していたと思うのですが」

「…………」


 どうにもやりにくいやつだ。

 こんなやつがこのクラスにいたなんて、知らなかった。



「何か召し上がりますか? 私はケーキが食べたいんですけど」

「なら食べたらいいじゃないか。俺はコーヒーだけでいい。寮の飯が入らなくなる」

「そうですか、では遠慮なく」

「…………」

 

 学校を出て、俺たちは近くにあるファミレスに入った。

 誰も奢るなんて言ってないんだがな。

 とは言ってもこいつに払わせるつもりなんか全くないんだが。


 同じ制服を着た面々がちらほらと見えるが、誰も俺たちのことなんか気にしてはいない様だ。

 そうそう、青春をそれぞれ謳歌するべきだし、俺みたいなのに怯えて過ごすなんて馬鹿らしいだろ?

 お前らの風呂だの自家発電だのなんか、一瞬で記憶の彼方に消えるんだから。


「今日、目が合いましたよね? 覚えていますか?」

「…………」


 注文を終えるや否や、露木は直球で来る。

 一体どういう神経をしてるんだろうか。

 俺と恥ずかしがったりせずにまともな会話が出来る人間なんか、家族以外でほとんど初めてな気がするんだが。


 もちろん今のバイト先の人たちは俺のことなんか知らないみたいだったし、それでもいつバレるんだろうって内心冷や冷やしながら仕事をしている。


「私のことは全部知っている、という認識で間違っていないですよね?」

「……まぁ、そうだな。けどお前、それでいいのかよ? 全部って文字通り全部だぞ? お前が楽しく着替え選んでる瞬間も、風呂入ってるとこもトイレもって意味なんだが」

「……多少の恥じらいは私にだってあります。しかし優木くんが意図せずに感じてしまうものなのであれば、仕方ないとあきらめていますので。ただし他の誰かに、っていうのは勘弁してもらえると助かりますが」

「別に恨みがあるわけでもないのに、そんなことするかよ」


 変わり者っていうか何て言うか……俺にはやや理解しがたい生き物の部類かもしれない。

 しかしさっき見た限りじゃ、こいつ自身が言った通り諦めているというよりは、割り切っていると言った感じに思える。

 俺だったらちょっと嫌だな、って感じてしまいそうな部分ではあるのに。


「そうですか。優木くんはやっぱり、周りの評価とは違う人物である様に、私には見えます」

「人の評価なんてあてになるかよ。ありのままの俺を見てくれ」


 なんて言ってはみたものの、ありのままの俺ってもう既にああいう感じだし、それで評価するなら他の人間と大差ないものになりそうな気はする。

 それでも目の前の不思議な生き物は俺を、きちんと自分の目で見て評価しようとしている様だがな。

 

「ではそうさせてもらうことにしますね。それで、本題に入りたいのですがよろしいですか?」

「……ああ、そうだったな。すっかり忘れてたわ。何の用事だったんだ? まさか俺と楽しく茶を飲みたい、なんて意味不明な用件じゃねーんだろ?」

「それはそれでいいと思うのですが、今回は違いますのでまたの機会にしましょう。今日の用件というのは……少々言いにくいことではあるのですが……」


 おいおいこいつマジで正気か?

 ああ、でもあれか、社交辞令だよな。

 そうに決まってる。


 何か用事があるから、ってことで今は頑張って俺と相対してくれているんだ。

 そうじゃなかったらこいつの頭は精密検査でも受けた方がいいレベルだろう。

 またの機会なんてあるわけがない、というかあってたまるか。


 危うくハニートラップとやらに引っかかっちゃうとこだったぜ。


「優木くん、私のことは理解してもらえてると思いますので、それを踏まえてお願いがあります。どうか、私を助けてもらえませんか?」


 言っていることがわからない、ということはないが何となく時間が止まったかの様な感覚を覚える。

 頭がおかしい子って言うこともちょっとおかしいのね。

 注文したものが運ばれてきて、努めてウェイターさんの目を見ない様にしながら受け取ったコーヒーを飲みながら、俺はそんなことを考えた。

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