15:四月十三日その④
「ずっと前から好きでした。私もハーレムに入れてください!」
お辞儀をしながら差し出された手。
前半はごくありふれた言葉なのに、後半が斬新すぎて一瞬吹き出しそうになるのを、懸命に堪えた。
何故ならここで吹き出せば、戸越から鉄拳制裁でも食らいそうな予感しかしなかったからだ。
そして立川はその様子を、ため息交じりに見ている。
次は自分の番なのだ、と思っているんだろう。
「あ、えーと……今返事した方がいいのか?」
「待って。さ、沙紀……」
「あ、うん」
連続で来るわけか。
ならまぁ、まとめて返事してやることも出来るし手間は省けるよな。
「えっと……さっきはありがとう。さ、私を助けてくれて」
「いや、助けたっていうか……ただ助言したに過ぎないんだが。まぁ結果お前らが仲良くなれたんだったら、それはお前らの頑張りだろ」
「ううん、私はあのままだったら多分、追い詰められて不登校とかになっててもおかしくなかったから。だから、優木くんが間に入ってくれたこと、感謝してる」
「…………」
何か盛大に勘違いしてるみたいだけど、俺は別に助けようとかそういう気持ちで入ったわけじゃないし、そもそも助けを求めてる風ではなかった様に思う。
だから礼を言われる様な覚えもないし、ましてそこから派生して恋愛感情に発展なんてのはどうにも安直な気がしてならない。
たった今、立川の目を見た限り……俺が渡した戸越の情報から誘発される形でこうなってるっぽいが、そんな気持ちが長続きするんだろうか。
やっぱり幻想だったかもしれない、とか言って後々無理してなんてことになってもこいつの為にならない気がするんだが。
「一つ言っとくが、俺はお前や戸越の思う様な素晴らしい人物ではないし、能力以外はいたって普通の男の子だ。それに素行だってよくはないから、入学間もなく乱闘騒ぎ起こして停学くらったりもしたし、もしもお前が俺を王子様みたいに思ってるんだったら今のうちに引き返した方がいい。その方がお前の為だ」
大体俺が王子様って、こんな邪悪な王子様いてたまるか。
魔王の息子とかかよ。
「美理亜ちゃんの記憶でどんな人かは大体わかった。だけど、結果として私が救われたっていうのも事実だし、それがどれだけ嬉しかったか、っていうのも優木くんにはわかるの?」
「…………」
「迷惑なら、そう言ってくれないと多分私、バカだからわからなくて喜んでついてっちゃうんだと思う。だけどそうじゃないんだったら……私も優木くんが好きになったので、ハーレム? にいれてほしいです」
何故ハーレムを疑問形に?
と思ったがこいつにはほとんど一切と言っていいくらいに性知識がない。
いいところ保健体育で習う程度のものでしか、立川の知識としてはないはずだ。
何で教えてやらなかったんだ、戸越……。
「えっと……ハーレムの意味わかってないのに、入れてほしいとか大丈夫かお前。あとで後悔する様なのは、俺としてもおススメできないんだが」
「こ、後悔なんかしないもん」
「じゃあお前、ハーレムがどんなものなのか、想像できるのか? 具体的に述べてみてくれよ」
「え……えっと……」
恥ずかしがってるとかではなく、ガチでわからなくて答えに窮しているというのが、今の立川だ。
今の日本に、こんなにも性知識を持たない女子がいようとは。
とは言ってもこいつ、何か無垢な感じして可愛いな。
あの露木でさえ、週に何度かは自家発電に励む程度には情熱を持て余すというのに、こいつはまっさらの真っ白。
触ってみよう、とかそういう発想にすら至っていないという。
ある意味で天然記念物に指定したくなってくるな。
「あの、優木……あんまり追い詰めないでやってもらえない?」
「甘やかしと優しさは別物だぞ、戸越。こいつがこのままこの先も成長して行ったら、絶対痛い目見る日は来るんだ。立川のことを本当に大事に思えるんだったら、ここである程度……」
ある程度、何だ?
こんなところで性教育でもするのか?
あれ? 俺はこいつをどうするつもりだったんだっけ。
「あんた、ここで何するつもりなの?」
「あ、いやそうじゃなくて……わ、わかった言い方を変えよう。立川、お前はハーレムがどんなものか理解できたとして、それがどんなものであったとしても逃げないって自信があるか?」
「あるよ!」
「……本当かよ。エロいことだとしてもか?」
「え、エロ……?」
一瞬元に戻っていた立川の顔色が、見る見る赤くなっていく。
こんな調子でマジで大丈夫なんだろうか。
一応エロい、で通じたのはまだよかったと思うが。
「だとしても、なんてもったいつけたが、簡単な話で男は俺一人、その中にお前や戸越、あと露木に渕上先輩ってメンバーで、エロいことするんだ。子ども作る時みたいな。それがハーレムだ」
色々端折ったし、盛大にぶっちゃけたなとは思うが間違ってはないはずだ。
そして何故か戸越までもが顔を赤くしている。
とうとう想像しやがったか、こいつまで。
「子ども作る……の?」
「いや、作らないけど。何人もの女子生徒がそんなことになったらこの高校の知名度が危うくなるだろ。出来ない様にしながら、ってことなんだけど……お前一遍エロ動画でも見て来いよ」
「ちょっと! 何でそんな言い方するの!?」
「いやだってお前……いきなり実演とかなったらこいつ、卒倒すんぞ?」
「そ、そうかもしれないけど、もう少し言い方あるでしょ」
まぁそんなことを偉そうに言った俺も、まだ童貞なんですけどね。
昨日あの場で手籠めにされてたら違ってたかもしれないが、いきなり二人の女子に襲撃されて、なんてもうトラウマでしかないわ。
「性教育をこんなとこでする気はないし、知識がないことが悪いとも言わないけど、正直俺としてはもう少し、耐性つけてもらった方がいいと思う。それを踏まえて返事するけど、いいか?」
「…………」
「…………」
二人が息を飲んで、俺を見守る。
そんな顔されても、俺はこう言うしかないんだけどな。
「保留。ダメなら諦めてくれ」
「……はぁ!?」
「な、何で……」
「一つ言い忘れてたけど、俺は勝手にこういうの決めて良いって言われてねぇの。大体立案から発足に至るまで、全部渕上先輩だし。もちろん、俺がイエスと言ったら反対する可能性は限りなく低いとは思うけど、先に伺いは立てないと」
っていうのは建前で、ちょっと渕上先輩が怖い、というのがないわけでもない。
勝手に決めたなんてことが知れた場合、俺の身は直ちに危うい、なんてことだって十分考えられるのだ。
俺の能力を以てしても掌握しきれない存在、それが渕上先輩。
「そう……そうよね。いつまで待てばいいの?」
「んー、わからん。渕上先輩に聞いた方が早いんじゃねぇの? 少なくとも今の俺に決定権はない、とだけ言っとく」
「…………」
「あの、優木くん……連絡先、交換してもらえないかな?」
「はぁ? 別にお付き合いしてるわけでもないのにか? それに俺、携帯持ってねぇんだ。悪いな」
これ以上ここにいるとまためんどくさいことになってきそうな予感がして、俺はその場を去ろうとする。
そもそもこいつらの用事だって済んだ今、俺にはこれ以上ここにいる理由がない。
「待ちなさいよ。さっき携帯いじってるの見たわよ。友達いなくて彼女二人もいるあんたが、誰から携帯借りるって言うの? 言って見なさいよ」
「…………」
「迷惑ならそう言いなさいよ。諦める様努力はするから」
「……そういうわけじゃ、ねぇけど」
「優木くん、もしかして……私たちが優木くんと関わることで評判落ちるとか、思ってる?」
バカな女、と思ってたのに存外鋭くて嫌になってくる。
正直、俺に関わることで校内の評判を下げて困るのは俺じゃなくてこいつらだ。
だけどそれを盾にあれこれ言われるのは、俺としても正直気分がいいものじゃない。
「露木さんと会長とは交換してるんでしょ。だったら私たちともしなさいよ」
「……ああ、もう。わかったよ。ほら、好きに登録しろ」
ポケットから取り出したスマホを手渡すと、ロックもしてないなんて……とか呟くのが聞こえる。
別に見られて困る様なもん、入れてねぇし。
困ると言うよりも、見られて少し恥ずかしいのは連絡先の登録件数くらいか。
露木と先輩は先日無理やり登録されて、それ以外はこの学校とバイト先くらいだからな。
華の高校生の持ってる携帯とは思えない少なさだ、なんて先輩は言っていたし。
「ほら、返すわ。連絡したら、返信くらいはしなさいよね。あんた、そういうの本当にめんどくさがりそうだし」
「…………」
さすがに一年俺を見ていた、というだけのことはあるな。
親しくしていたわけではないのに、よくおわかりで。
「あ、いました先輩!」
「お? ……おお!? 優木ぃ! お前もう、新メンバー引き入れたのか!!」
「げ……何でここが……」
割と人目に付きにくい場所のはずなのに、案外あっさりと露木や先輩に発見され、しかもそこにはその他の女子二人という。
一般的には修羅場とも言えそうな場面なんだけど、どう転ぶんだろうか。
……もうどうにでもなれ。




