12:四月十三日その①
「まぁ別に、私は今すぐ決めてもらおうなんて思わないがな」
「余裕じゃないですか。わ、私だって別に今すぐなんて……」
どうしてこうなったのか。
元々先輩、露木のこと応援してる風だった気がするんだけど。
「ライバルがいた方が盛り上がるからな。だから焚きつけていたに過ぎんよ」
「…………」
俺、ハゲちゃったらどうしよ。
ああ、でもそしたら自然と離れてくれたりしないかな。
「あの、先輩……冗談なら今のうちに……」
「何だと?」
「へ?」
「……貴様ァ!! 私がいい加減な気持ちであんなことを言ったと、本気で思っているのか!!」
「ひぃっ!?」
先輩の様子が見る見る変わり、その瞳が怒りに燃えているのだということがよくわかる。
これは俺、今日ここで命日を迎える流れかもしれない。
生きてここを出られるのか、本気で心配になってきた。
「……つい熱くなってしまったな。だが優木。さすがに先ほどのは傷ついたぞ」
「…………」
「優木くん、人の真剣な気持ちを冗談で済ませようっていうのは、さすがに……」
うわ、俺露木にまで諭されてる。
盛大にやらかしたわけだ。
「とはいえ……このままでは平行線だ。そうだな、露木さん」
「……そうかもしれませんね」
「どうだろう、妥協ラインを設ける、というのは」
何俺抜きで勝手に話進めてんだよ。
妥協とか……俺がどっちも選ばないとか、そういう話に何でならないんだ?
「伺いましょう」
「おい、待て。俺がどっちも選ばないって言うのは……」
「拒否権がある様に見えるのか、お前には。そうかそうか、ならば仕方ないな。実力行使に移行しようか、露木さん」
「え、それって……」
「既成事実を作ってしまえば、いかに優木と言えどとぼけきることも出来まい。どうだ、いい考えだろう」
「ちっともよくねぇ!! あ、こら!! 離せよ露木!!」
「私たちの案に従う、ということなら、今日すぐに手籠めにするのは勘弁してやろう。どうだ? 賢明なお前なら、どうするのが賢いか、くらいの判断は出来るんじゃないのか?」
「ぐぬ……」
逃げ場がない。
もう少しこう、パブリックな場所でやるべきだった。
何でこんな密室に、危険人物二人を呼び込んでしまったのか。
今となってはそのことのみが悔やまれる。
何で露木こんな力強いんだよ……。
「私としても無理やり優木くんをものにして、なんていうのは心外ですけど……どうしても拒絶されるというのであれば、仕方ないかなと思います」
「お、俺の意志は? 俺にだって選ぶ権利くらい……」
「何だ、美女二人に言い寄られて、お前は不満なのか? 随分と理想が高いんだな。私のことも露木さんのことも、特に何とも思っていない、そう言いたいのか?」
「…………」
自分で自分を美女って言っちゃえるって、ある意味で凄いことだと思う。
そして俺は、嘘が嫌いだ。
この問いが何とも思っていない、ではなく嫌いなのか、だったらまだ救いが……いやなかったかも。
どっちにしても行きつく先は同じだったかもな。
「そ、その聞き方はいささか卑怯じゃありませんかね……」
「それはもう、お前の今の答えが物語っているのと同義だよ、優木。お前は私たちを強く拒絶できない。なぜならお前は……」
「わ、わかったから。提案ね、従いますから……」
そんな公開処刑みたいな真似されるのは、さすがに俺に効く。
先輩はきっと、俺が二人とも大事に思っていると言おうとしたんだろう。
それは否定しないし、間違ってもない。
だけど言葉にしてしまえば、すぐに風化して陳腐なものに成り下がってしまう気がする。
それを俺が口にしたわけでなくとも。
だから軽々しく言ってほしくないわけだが……。
「不器用なやつめ。甘えたいときは素直に甘えればいいものを」
「ほとんど脅迫じゃないですか、あんなの」
「ともあれ作戦はほぼこれで成功したも同然。良かったな、露木さん」
「そうですね。でも、妥協案って?」
「そう、それなんだが……」
俺にはちっとも妥協でも何でもないし、正直嫌な予感しかない。
そしてその案は、俺を翌日以降更に苦しめる内容であることが、先輩の口から明かされたのだった。
「全校集会? 週明けでもないのに?」
「何だろうね、どっちにしても早く行かなきゃ」
翌日、登校すると昨夜先輩の言った通り、全校集会が催された。
二人は先に出るから、と俺より早く起きだして俺の部屋を出て……泊まってったのか、という疑問については、それでもあいつらには指一本触れてないという弁明だけしておく。
まぁともかく先輩と露木は、先に学校に到着している様だ。
体育館へ集まる様にと校内放送もされ、いよいよこの時が来るのか、と鼓動が早まっていくのを感じる。
体育館に到着すると、ほとんどの生徒、教師が集まっていて教師も内容を知らされていないのか、互いに顔を見合わせている。
一方俺は当事者で内容も知っているが、誰かに親切に教えてやる義理もないか、ということで黙って成り行きを見守っていた。
それにしてもこんなにも落ち着かない全校集会が、未だかつてあっただろうか。
『あー、静粛に。聞こえているか? 聞こえているな?』
先輩が壇上に上がり、マイクで呼びかけると生徒の群れから返事が聞こえる。
確かにいつもの全校集会ではある。
ただしいつもの、というのは概ねここまでのものに留まってしまうわけだが。
十七になったばかりのこの日、俺は死ぬことになるかもしれない。
父さん、母さん……そして姉貴。
俺ももうすぐそっちに行くかもしれないから、よろしくな。
そんなことを考えた時、露木も壇上に上げられる。
『今日は一つ発表することがある。私事ではあるのだが、割と重大なことだ。心して聞く様に』
生徒の群れが当然のごとくざわつき始め、教師陣もやや神妙な面持ちになったのがわかる。
しかし先輩、本気であれやるんだろうか。
普通に考えたら罷り通る様なことではないと思うんだが。
いや、あの人のことだから捻じ曲げてでも押し通すんだろう。
生徒会を私物化するな、とか言われても文句言えないぞ、これは。
『えー、まずこの私、渕上琴音とここにいる、二年の露木望は』
来たか。
ああ……胃が痛くなりそうだ。
『同じく二年の優木要を中心とした、ハーレムを結成することにした。よって、私と露木望の心も体も、優木要のものとなった。随時メンバーは募集しているから、興味がある者は私のところまでくる様に! 以上!!』
先輩のスピーチが終わると、一瞬体育館が静まり返る。
昨夜先輩が打ち出した妥協案とは、これだった。
どっちも譲る気がないなら、共有してしまえと。
そしてそれを大々的に発表してしまえば、俺の逃げ場はもうない、という結論に行きつき、俺はそんな公開処刑みたいな真似は勘弁してくれと泣きついたのだが、一向に聞き入れてもらうことはなく、こうして今、公開処刑は成立した。
当然のことながら、一瞬にして俺は注目の的になってしまった。
「え、こいつだよな」
「え、あの人本気なの?」
「ていうかハーレムって……」
口々に俺の悪口を言い出す周りの生徒たち。
予想出来る事態ではあったものの、目の当たりにすると案外きついものがある。
だが、中には応援する様な声も混じっていたりして、何だか複雑な心境ではある。
こうして俺の学校生活は、徐々に色を変えようとしていた。




