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1:四月十一日その①

 何で動物には視覚なんてものがあるのか。

 これさえなければ、誰も傷つくことなく生きられたんじゃないかって、今でも俺は思っている。

 何も見えなければ、見たくないものにわざわざ蓋をしたりとか……そんな手間だって必要ない。


 見えるから、見えてしまうから人は苦しむことになるんじゃないかって、そう思うのは間違っているんだろうか。

 

「お前、何こっち見てんだよ」

「…………」


 そう、こういう極めてどうでもいいやつのことさえも、俺の目は相手の目を見てしまったら見過ごすということが出来ない。

 全ての情報は俺の脳裏に刻まれて……もちろん完全記憶能力なんてぶっ飛んだものとはまた別方向の力だとは思うから、心の底からどうでもいい相手のものはそこまで記憶には残らないが。

 それでも一瞬とは言ってもこんなやつのアレやコレと言った気持ちの悪い記憶までもが俺の脳内に映像として流れ込んでくるのは、不愉快極まりない。


「無視してんなよ、疫病神が。お前に言ってんだぞ、優木。お前今こっち見てただろうが」

「…………」


 ああ、見てた。

 というか実際にはたまたま視界に入った、というだけのものではあったので不可抗力というやつではないか、とも思うのだが。

 とは言えこういう頭の悪そうなやつにそんなことを言っても理解できそうにないし、周りも俺が悪いんじゃないか、みたいな雰囲気を作り始めているから始末に負えない。


 あの事件以降学校に通おうなんて、何で考えたんだろうか。

 それこそ俺にとってはこんなに人がいたら地獄でしかないし、人と目を合わせなければいいだけのことではあるにしても、やはりその為に下を向いたりして過ごすのは案外しんどい。

 入学当初からこういうバカはいたし、暴力に訴えてくる様なやつにはそれ相応のお返しもしてきたつもりだが、それでも後を絶たないのはきっと俺を倒すといいことがある、みたいな願掛けの様なものでもあるのかと勘繰ってしまう。


「聞いてんのか、ああ?」

「…………」


 尚も恐怖を全く感じない凄みを見せるこの男子……田中光弘。

 金髪にして……前時代的な髪型、リーゼントって言うんだっけか。

 それに類似した髪型で粋がってはいるが、こいつがプライベートでどんな生活をしているのか、そう言った情報ももちろん一瞬で俺の中に流れ込んでくる。


 それどころか極端な話彼が自家発電に励む際のオカズの好み、嗜好に至るまでこいつの情報は俺に掌握されているというのに……それがわかってないんだろうか。

 哀れ過ぎてつい軽い笑みがこぼれてしまい、それが彼の中の何かに火をつけた様だった。

 

「何がおかしいんだてめぇ……」

「…………」


 更に胸倉をつかんで、俺を威嚇する田中。

 教室内がどよめき、俺たちはいつからかクラス中の注目の的になってしまっていた。


「そっかそっか……お前さ、田中。母ちゃんに敵う女がいねぇから、俺は彼女を作らない、って? それ母ちゃんに宣言しちゃうってどうなの? 初体験が母ちゃんで後悔しないの?」

「な……」


 俺の言葉に田中が明らかに狼狽し、尋常でない量の汗をかき始める。

 今まで知っててもバラさないでやっていたのは、お前が俺に危害を加えてこなかったから、というそれだけのことだったのに……呆気なく破りやがって。


「まぁまだ未遂っぽいけど……割とギリギリなとこまで行ってんのな、お前。いやぁ、仲良きことは素晴らしきことだわ。クラスのみんなでこの情報共有してみる?」

「や、やめ……」

「家がかなり遠いのに寮に入らないで親元にいるのは、母ちゃんが好きだからなんだろ? 親父から母ちゃん奪う算段を毎日してるなんて、子どもの鑑ですなぁ」


 もちろんこんな情報は同じクラスになった今年、すぐに入ってきたが俺は放っておいてやった。

 ……今日まではな。

 お前ら全員、俺に喧嘩売るってことは爆弾抱えて特攻しにきてんのと変わらない上にその爆弾は自身のみを滅ぼすものなんだってことを、まだ理解してないやつがいようとは。

 

 もういっそ学校を上げて俺対策でもしたらいいと思うんだけどな。

 こんなにも絶望的な表情を浮かべ、わなわなと震え、羞恥に顔を真っ赤にしているのを見ると……思わずやめてあげようかな、なんて甘いことを考えてしまう。


「きゃあああああああああ! う、嘘でしょ田中くん!」

「ちょ!? これガチなん!? キンモー!!」


 なんて思ったのも当然一瞬だし、俺は俺に牙を向けるやつには容赦しない。

 同じ空間にいて、ここで俺が認識できる人間全員に田中の記憶は数々の映像として共有された。

 だって甘やかしてたらこういうバカ、減らないじゃないですかぁ。



 そんなことがあって、田中は体調不良を理由に早退、まぁ母ちゃんに下の世話までしてもらうんだろうけど。

 しかしこれはまだ、二年生になってすぐ……四月十一日という奇しくも俺の誕生日という日。

 仮にも誕生日だってのに、俺は一体何をしているんだろう。


 田中からの思わぬ気持ちの悪いプレゼントが届いてしまって、思わず朝食ったパンを吐き出しそうになった。

 せっかく減りかけていた腹が、何だかムカムカする。

 そして田中が辱められるのと同時に、クラスメートの大半は明日は我が身、と言った面もちで俺を見ていた。


 まぁこんなことを言っている俺も、実を言えば家族は大好きだった。

 もちろん田中みたいに歪んだ愛情を向けたり向けられたりはしていなかったはずだし、家族という線引きはきっちりしていたけど。

 家族愛は誰しも持っていておかしくない、そう思っていた時にふと目が合ったクラスメートの、予想もしていなかった冷たい記憶が流れ込んでくるのを感じた。


 露木望……こいつは家族への愛など、欠片も持ち合わせていない。

 もちろん目が合ったのは一瞬だったし、すぐに向こうから目を逸らしてきたけど……それでも俺は露木から目を離せないでいた。

 何なんだあいつ……何で家族にあんな冷たい感情……。



 昼休み、俺は一年かけて見つけた数々のぼっちスポットの一つで昼食を取っていた。

 田中の気持ち悪い記憶は俺の中で拒絶されたのか、映像としてよみがえることはほぼなくなり、それと同時に食欲もわいてきたからだ。

 そんなことはどうでもいいし、それより露木のことだ。


 あいつの家は、俺が見た限り冷え切っている。

 それも、ここ最近に始まったことではない。

 原因まではわからなかったが、どうも夫婦に原因があるのか?


 そして露木自身も親から一切の愛情を向けられることなく、ただただ育てられてきて今まで生きてきた、という人生。

 どうして子どもにそんな冷たい目を向けることが出来るのか。

 そしてどうして露木自身も、そんな冷たい目を向けられて平気でいられるのか。


 正直俺には全く理解できなかった。

 思わずドキッとしてしまう様なシーンも頭に入ってきていたはずなのに、家族の異常な記憶に圧倒されてそんなものは記憶の彼方へと消えてしまった。

 くそが、余計なもん見せやがって……。


 せっかく目が合った数少ない女子だっていうのに、そんな感情一切湧かなくなっちまった。

 俺の家族が平和だったからなのか、ショックがでかすぎる。

 そして今日という、俺の誕生日は……去年まではある程度の楽しみを覚える日でもあった。


 あんなことがなかったら、俺も姉貴も父さんも母さんも、今日と言う日を笑って迎えていたはずだったのに。


「……っ!」


 思わずこぼれそうになった涙を必死でせき止め、周りに人がいないかを確認する。

 これだから誕生日だのって記念日は好かない。

 人をセンチメンタルにさせる様なものは、この世から一切合切消滅してしまえばいいとさえ思う。


 こんなことを考えているなんて家族が知ったら、きっとみんな悲しむんだろうな。

 そんなことを考えながら、俺は教室に戻ることにした。


「やっぱりさっきの田中君の映像……本物なんじゃない?」

「そうよね……みんな同じものを見たって言ってるし」


 先ほどの話で盛り上がっていた教室が、俺が入るのと同時に静まり返り、誰も俺を見ようとしなくなる。

 ここ一年で見慣れた景色だ。

 当然俺に話しかけようなんて勇気ある田中の様なやつはいないし、仮に誰かが俺に何か用事があっても、投げつけられた丸めた手紙に書き殴られた用件を俺が見て、確認するだけで事足りる。


 味気ない人生だ、と思う。

 俺も意識してなるべく人を見ない様にしてはいるが、やはり自分の全てを知られるというのは怖いのだろう。

 こんな能力いらないから、代わりに一人か二人、友達ができたなら俺の人生は全く違った色を持っていたに違いないのに。


「優木くん、少しいいですか」


 そんなことを考えた放課後、不意に俺に声をかける勇気ある女子がいた。

 思わず驚いてそちらを見てしまい、俺はまたもあの家族の光景を記憶して後悔する。

 そう、声をかけてきたのは何を隠そう、あの露木望だったからだ。

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