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宵闇おでん

読了目安 18分程度

「大将、久しぶり。席、空いているかい?」

「おお、鈴木さんじゃ無いか!

 なんだい、珍しいね。平日に顔を見せるなんて!」


 とある地方都市のガード下、一台の屋台の暖簾を潜って一人の男がやや赤らんだ顔を出す。久しく見ていなかった馴染みの客に、屋台の主は破顔しながらさぁさぁどうぞと空いている席に勧めた。既に座って呑んでいる客の一人の様子を確認してから、店主は鈴木にお通しやおしぼりを出した。


「しばらくは忙しくなるって話してましたが、もう落ち着いたんですかい?」

「うん、なんとかねぇ。ようやく肩の荷が降りたって感じだよ。

 後はまあ、後進達がきっと上手くやっていってくれるのを信じるばかりさ」


 お通しの小鉢を突きながら鈴木がしみじみと呟く。その視線は屋台を越えてどこか遠いところを見ているようであった。


「そうか、鈴木さん今日までだったのかい」

「そう、今日は送迎会でね。こんな時代遅れの人間に随分と盛大にやってくれてねぇ」

「そうかいそうかい。じゃあ、こいつは私から鈴木さんへの退職祝いだ」


 トンと音を立て、店主が燗を付けておいた徳利を置く。中は前々から用意しておいた鈴木の好きな銘柄だった。


「これは……ああ、良い香りだ。ありがとう」


 鈴木は店主に熱燗を注いで貰い、ついでにがんもとこんにゃくを注文した。


「それで、結局何年だい?」

「ほふっ、ほふっ……。

 何年、か。何年だろうねぇ。仕事を始めた年を考えれば四十年ちょっとってなるんだろうけど、世の中があんまり目まぐるしく変わるもんだから、もっと長くも短くも感じてねぇ」


 鈴木の言葉に店主も顔を上げて目を細めた。


「まあ、激動の時代には違いありませんでしたからね。私もこの仕事に落ち着くまでに何回転職したか。

 永田町事件に始まり、世界内戦なんてものが勃発して……。

 今となっちゃ神様、仏様におっ母様、奇跡も魔法も何でもありの世の中になっちまいましたからねぇ。

 子どもの頃にゃこんな世界になるなんて想像もしてませんでしたよ」

「本当にね。こうなると知っていたのなら、親の言い付け等聞かずにゲームや漫画なんかを嗜んでおくべきだったと、今更ながらに思いますよ。あ、牛スジ追加ね」


 頷いて店主は煮込み鍋の蓋を開ける。視界が一瞬、湯気の白で覆い隠された。


「ああ~、鈴木さんもアレかい? アニメや漫画を観てると極悪人になるとか言われてたクチかい?」

「そうそう! お陰で最近の若い子達の話にはさっぱり着いていけないんだ!」

「一昔前の格闘技とか、そんなモノだとは他のお客さんから聞いたりしますがね。はい、お待ち」


 出汁の染みた串が一本、小皿に置かれてプルンと揺れる。


「お、来た来た。そうは私も聞くんだけどね。やっぱり私には理解が追いつかないよ。

 ウチの息子なんかもずっと引きこもってたくせに、俺には魔法の才能がある! 冒険王に俺はなるんだ! って突然飛び出して行ってしまうし」

「おや、でも外に興味を持って出てきたのなら良い事じゃないですか。

 それに若者はいつの時代でも世の中に挑戦していくもんですよ」

「そんなもんですかねぇ。もう四十にもなるっていうのに」

「お、おう……」


 と、店主が思わず言葉を喉に詰まらせた時だった。それまで屋台の隅を方で黙々と食べていた細目の男が音も無くすっと立ち上がった。


「お客さん、お帰りかい?」


 そのまま平然と出て行こうとするのを目敏く見つけて店主が声を掛ける。


「チッ。ああ、旨かったよ、大将。ではな」

「ちょっとちょっと、お代! えーと……六千円!」

「チッ」


 尚も、さも当たり前の事の様に出て行こうとする男に店主は慌てて付け加えた。


「今千円札しか無いから、数えるぞ。

 一枚……二枚……三枚……四枚……ところで大将、今何時だ?」

「二十二時三十七分五十六秒三六だよ! 誤魔化そうったって、そうはいかねえぜっ!」

「チッ。ほら、これで六千円だ」

「一枚足りねえだろうがっ!」

「チッ」


 渋々といった様子で男が足りない千円札一枚を取り出して屋台を出て行った。


「なんだか大変だったね、大将」

「いえいえ、お騒がせしてすみません。まぁよくある事なんで、慣れた物ですわ。

 あのお客、油揚げと酒しか頼んでませんでしたからね。流石に誤魔化されたりはしませんよ」


 ニッと笑ってしっかり頂いたお札を鈴木に見せつける店主。それを見て鈴木が目を丸くした。


「大将! それ、それっ!!」

「ん? げっ!? ちくしょう、やられた!」


 鈴木に自慢げに見せていたそれは青々とした木の葉六枚。がっくりと店主は項垂れて椅子に座り込んだ。


「はぁ。二十一世紀も四分の一が終わって葉っぱで飲み代誤魔化される日が来るなんて流石に思っちゃいませんでしたよ」

「災難だったね、大将」

「いや、まったく。『連合』か『同盟』にでも無銭飲食の妖の討伐依頼を出してみますかねぇ。

 ところで鈴木さん、さっき出した熱燗なんだけど……」


 項垂れたまま店主は目線を上げると、鈴木は立ち上がって帰る支度をしているところだった。


「ごちそうさん、大将。お代幾ら?」

「……千二百円になります」

「はいよ。また来るね、大将」

「まいど~~……っと。

 はあ、まあ授業料として納得するっきゃ無いか」


 暖簾をかき分け出て行く鈴木を見送り、店主は頬杖をついて溜息をつく。


「ま、それに油揚げ一枚千円で計算してたから、大して損はしていないしな……っと、客か?」


 暖簾に人の影が映るのを見て、店主は姿勢を正す。ついでにダンディーに見える――と自分では思っている――表情を作っておくのも忘れない。何しろ影が随分とグラマラスな女性のソレであったからだ。それも二つ。

 影が近づいてくる。期待に自然と鼻の穴が膨らむのを自覚しつつ平静を装っていると、果たして暖簾を押し分けて影の主が姿を現した。


「おう、親父、空いているか? 二人だ」

「へっ!? あ、はいはい、どうぞ!」


 まったくの予想外の響く()()()声に店主の声が裏返る。次いで暖簾の向こうから姿を現したのは筋骨逞しいおっさん二人。一人は威圧感たっぷりのサングラスを掛け、いま一人は顔のあちこちに古傷が浮かび、迫力がある。一言で言うなら、怖い。

 そんなまったく予想と違う二人組に店主の顔もあっさり崩れてしまった。

 しかしそれでも、歴戦の屋台店主の目は客の観察だけは忘れない。

 丈夫そうで、しかし身体の動きを妨げないように配慮された衣服。ごついグローブに、足音だけで察せられる頑丈なブーツ。

 店主の位置からは武装こそ見えないが明らかに暴力を生業としている空気を二人は纏っているが、とりあえず、二人の呼び方はサングラスと古傷で良いかと勝手に決めた。


「親父、とりあえずビール二つ。あと、適当に食いもん見繕ってくれ、肉多めでな。

 仕事上がりで腹減ってしょうが無いんだ」

「へ、へい。分かりました。一先ずはこれを」


 ドッカと席に座った二人組に店主はビール瓶二本と栓抜きを渡し、ついでにお通しをそれぞれに置いた。


「ま、とりあえず今日も無事に生き残ったって事で!」

「依頼は成功かどうか、よく分からん結果だが、ま、とりあえずはな」


 ポンと小気味良い音を立てて蓋を開けた二人が瓶を打ち合わせる。乾いた音が、次いで勢いよく喉へ流し込む音が辺りに響いた。

 店主は頼まれた料理を皿へ盛り付けつつも、どうしても気になってしまいチラチラとその二人組を見てしまう。


「親父、俺たちの顔になんか付いてるのか?」


 と、流石に気付くらしく二人組の片割れ、サングラスが問いかけてきた。店主は誤魔化そうかとも一瞬考えたが、しかしそれではいらぬ軋轢を産みかねないと思い直して素直に話す事にした。


「いえ、それがですね……あ、こちら店主のおすすめセットになります。

 お客さん達が暖簾を潜る前まで、ボンッキュッボンな影が映っていましてね、私はこれから訪れる眼福に胸躍らせていたのですよ」

「は? 影?」

「ええ、そうです。影が暖簾を捲って現れたのがお客さんだったもので……私はトキめきのやり所にすっかり困ってしまっていたのですよ。

 あれですか? 狐などの妖の類が化けている時、影にその正体が現れるって聞きますけど、もしかしてお客さん達もソレですかい?」

「いやいやちょっと待て。俺達は立派な人間様だぜ? 親父の見間違いじゃ……いや、まさか…………」


 二人組の厳ついおっさんが目と目を合わせて見つめ合う。二人とついでにもう一人の口元が引きつった笑みを浮かべた。


「おい相棒。俺は今、とてつもなく嫌な想像をしているんだが」

「奇遇だな、俺もだ」


 それから二人はちょっと待っててくれと言い置いて屋台の外へ転び出ていった。

 再び暖簾にグラマラスな美女二人組の影が映り込む。しかも何やらバタバタと手を振り乱したり頭を抱えたりと動きが忙しない。時折「マジかっ!?」とか、「ちくしょう、やられたっ!?」とかの野太い雄叫びが聞こえた気もしたが、店主はそれらを努めて黙殺する事とした。


「御簾の向こうに潜む美女の正体は、っていうのは定番とは言え、厳めしいおっさんってのは勘弁して欲しかったなぁ」


 ブルンブルン揺れる影を見つめながら、店主が切なく呟く。

 暫くして悄然とした様子のおっさん二人が席に戻ってきた。


「ああ……何てこった…………」

「ちくしょう、報告書に書く内容が増えちまった。

 くそ、こうなったら自棄だ! おい、親父、何でも良い、強い酒をくれ!」

「はいはい、分かりました。

 ……ふむ、そうですね、お客さん達かなりイケる口の様ですし、ちょっと値は張りますが珍しいのがあるんですよ。それでどうですかい?」

「ほう、銘は何だ?」

「へっへっへっ……八塩折之酒(やしおりのさけ)って言うんですがね。ちょっとしたツテがあって運良く手に入ったんですよ!」


 ガタリ、と音を大袈裟に立てておっさん二人が息のあった様子で腰を浮かせた。


「んな……っ!? おいおい、マジかっ!?」

八塩折之酒(やしおりのさけ)って言や大蛇退治で名を馳せた神酒じゃあねぇか!? それだ! 親父、それをくれ!」


 喧しく雄叫ぶ二人に苦笑しつつ、店主は神錆びた(かめ)から薄い琥珀色の液体を器へ注いだ。

 えも云われぬ強い酒精を含んだ芳香が辺りに充ちる。

 酒を出された二人はそんな屋台に拡がる香りを楽しむように鼻で一杯に空気を吸って、グイっと一気に酒を呷った。


「「っっかぁ~~~~~~っ!!」」


 喉を抜けて胃の腑を焼く熱い感触に二人が揃って感嘆の息を吐く。


「この強めのアルコールに独特の甘み、たまんねぇな、おい!

 ったく、かの大蛇は八つの首を使って一気に呑んだんだろ!? ちくしょう、なんてズルいんだっ!!」

「違いねぇ! おい、親父!もう一杯!

 あとツマミの追加だ! そうだな、タコあるか? タコ!」


 ダンっと器を叩き付けるようにカウンターに置いて古傷が喧しく催促する。


「タコ……あ~、タコね。ありますよ、タコ。とても新鮮なのが。そうですか、頼んでしまいますか」

「お、おい、なんだ、その反応。嫌な予感がするんだが……」


 若干遠い目をして答える店主にサングラスの方が頬を引きつらせる。


「一先ず、おかわりをお注ぎしますね。

 ……では、少々お待ちを」


 手早く酒を注いだ店主は鍋の中を慎重にかき混ぜつつ、長い菜箸を用いて随分と慎重な様子で具材を取り出そうとしている。鍋の水面が妙に波立っているのは果たしてただの気のせいであろうか。


「はい、タコですね。どうぞ」


 そうして小皿に取り分けられたモノを見て、二人は顔の筋肉が痙攣するのを自覚した。


「おい、親父。これは煮ダコで良いんだよな?」

「ええ、見ての通りです。出汁も良く浸みているでしょう?」

「ああ、そうだな。……ところで、親父、一つ良いか?」

「はい、何でしょうか?」

「なんか、うねっているんだが」

「そうみたいですね」

「食えんのか、これ?」


 不審の目を向ける二人に、店主はおもむろに一本の竹串を取り出すとビチビチと蠢くソレにプツリと刺してみせる。ビクンと跳ねて小皿がカタリと鳴った。


「ほら、火もしっかり通っているし大丈夫です。たぶん。

 ちょっと活きが良いのも新鮮な証って事で」

「「新鮮にも程があるわぁっ!」」


 おっさんの声が夜のしじまに見事に唱和した。


「そもそも、こんな怪しげな食材何処で仕入れた、っつーか、普通に鍋にぶちこむんじゃねえよ!」

「いやあ、いつもの業者がタコはこれしか手に入らなかったからって、納めてきましてね。

 冷凍状態では、まだ比較的大人しかったからいけるかなって。お恥ずかしい」


 と、店主がおっさん二人に詰め寄られて頬を染めながら後ろ頭を撫でている時だった、闖入者が音も無く現れたのは。


「おう、童っぱ。いつものだ。疾く用意せよ」

「こ、これはこれは、大蛇(おおへび)さま。いつもいつもご贔屓に! はい、ただいま準備しますね!」


 店主はこれ幸いと二人の視線から逃れて屋台下に潜り込んで何やらゴソゴソとしだす。一方店主に詰め寄っていたおっさん二人は半ば放心するようにして隣の威容に目を奪われていた。

 大きい。その頭だけで自分たちの身長よりもありそうな、青々とした鱗の蛇だった。顔だけで二メートルは余裕で超えているのならば、その全長は果たしてどれ程となるのか。鬼灯色の瞳が今は興味深そうにサングラスと古傷の二人を眺め回している。


「準備できましたので、今表へ回りますね!」


 桶を八つ重ね持ち、八つの(かめ)を台車に乗せて店主がカウンターから出て行く。それに伴って大蛇も姿を消した。


「あっ!? あー、親父め、逃げやがったな」

「まあ、今のはな。妖怪なんて珍しくないとは言え、流石に虚を突かれるわな」

「そういや、表の道路、あの蛇のサイズより余程狭くは無かったか?」

「何年この世界でやってんだ。気にするだけ無駄だろ。

 痛てっ!? 痛ててててっ!? ちくしょう、吸盤が、吸盤が! 煮ダコでなんで躍り食いみたいになってんだ、クソ!」

「地味に旨いのがまた腹立つな、これ」


 二人残された屋台の中に静寂が落ちる。時折立つのは杯をカウンターに置く音と、小刻みに揺れる小皿の音のみ。



 暫しそうして静かに酒を傾け、やがてポツリとサングラスが言った。


「……今日は、完敗だったな」

「ああ、そうだな」

「アレが本物だったら、間違いなく死んでいた」

「ああ。あの船で戦ったアレが本物と差があるか分からねえが、どちらにせよ今の装備、技術じゃ歯が立たねえ」

「過大に戦力を評価したつもりで準備していたってのにな」


 それに答えず、杯を手の中で回して古傷は揺れる水面に遷る己の顔を見つめていた。


「なあ、相棒よ。このままずっと奴を追い続けるつもりか?」

「言うまでも無い。奴の討滅だけが唯一の生きる意味だからな」

「唯一じゃないだろう。もう、探すのは諦めたってのか?」

「それは……」


 サングラスが言い淀んでいると、店主が何食わぬ顔で戻って来た。


「お客さん、お待たせしました。

 それと悪いんですが、少し席を詰めてくれませんかね?」

「うん、別の客でも来たのか?」

「おお、いかにもな怪しいおっさんが二人も居るっ!」


 店主に言われてガタガタと席を詰めていた二人に、場末の屋台に似つかわしくない溌剌とした少女の声が響いた。


「おいおい。嬢ちゃん、幾つだ? 酒飲めんのか?」

「もー、お酒飲めなきゃ屋台に来ちゃ駄目って誰が決めたのさ! オレの胃は今、猛烈におでんを欲しているの!」

「確かに決まりなんか無いが、こんな所には悪い大人が居るもんだぜ?」

「ま、大丈夫だろ。どうやら同業者、それも同盟の狩人のようだしな」


 ニコニコ満面の笑みを浮かべて席に座る少女の服装を一瞥してサングラスが首を竦める。年は十六くらいだろうか。薄手のシャツにショートパンツ、その上からだぼだぼの黒いトレンチコートを羽織り、頭には真っ黒な野球帽を被っている。この黒尽くめの格好が同盟と呼ばれる組織に所属する狩人達の正装である。人も魔も渾然となった今の時代において、彼等彼女等は殺人等を平気で犯すような危険な妖怪などを文字通り『狩る』事を生業としている、自警団組織と称するには些か過激な集団のメンバーである。


「ん、あれ? そういえばオレの相棒、何処行った? さっきまで一緒に店探してたはずなのに……ま、いっか! おでん! おでん!

 おっちゃん、オレンジジュースとおでん山盛り頂戴!」

「はいよ。先にオレンジジュースな。おでんはこっちのお通しでも食べながら待っててな」

「わはーい!」

「おでんにオレンジジュースか……。

 ところでお嬢ちゃん、プチハットはどうした? あれが正装じゃなかったか?」

「ん、無くした!」

「おいおい……」


 ズレたサングラスを戻しながら、今日何度目かも分からない引きつった笑みを溢す。

 一方狩人の少女の方は鼻歌交じりで何とも幸せそうだ。


「んー、美味しい!

 ね、ね、おじさん達も同業者だよね? 連合の人?」

「ああ、そうだ。見ての通り、もうロートルに片足突っ込んじまってるけどな」


 隣に座っているサングラスが頷いて返す。連合とは同盟をもう少しマイルドにしたようなもので、やっている事の本質は余り変わらない。もっとも、これを言ってしまうと怒る連合のメンバーもいるだろうが。他に未踏区域の調査等もやっているが、これは今はいいだろう。


「わはー! オレ連合の人と話すの初めてなんだよね! 獲物見せて、獲物! オレのはこれ!」


 そう言って少女が取り出したのはさびの浮いた切れ味鈍そうな大振りの鉈。

 期待する視線に負けて、サングラスも苦笑しつつ腰のホルスターから大型のリボルバーを二丁引き抜いて手渡した。弾は抜いてある。


「おおおお、すごい! 格好良い!! 何か刻んである! これ、何!?」

「主に強化の術式だな。けっこう無茶な弾丸ぶっ放したりするから、銃身は特に強化している」

「嬢ちゃんの獲物は鉈か。どうしてこう、狩人は鎌とか鋤とか農具を武器にしたがる奴が多いんかね?

 ん? 何を見てるんだ、相棒?」

「ん、いや、な。おい、嬢ちゃん、この鉈最近振り回しづらくなってねえか?」

「え、おじさん、何で分かるのさ!?」

「そりゃ、こんだけ刃筋が歪んで重心もずれてりゃなぁ」


 サングラスは少女に立つように言うと、自分も席を立った。暖簾に少女とお姉さんの影が映る。


「ひゃっ!? ちょ、何すんのさ! セクハラ、セクハラ!」

「ばーか、こんなちんちくりんに欲情なんてするかよ。青すぎらぁな」

「む、それはそれでムカつく!」

「しっかし、思ったより華奢だな。ちゃんと食ってるか? 大きくならんぞ」


 暖簾越しに少女の身体をベタベタとお姉さんの影が触っているが、断じて百合では無い。実態は犯罪臭漂う少女とおっさんの組み合わせである。


「ふむ、大体骨格とか体つきは分かった。少し待ってろ、折角だから直してやる」

「本当に!? わはー、おじさんムカつくけど良い人じゃん!」


 そんな一部始終を聞きながら店主が感嘆の声を漏らす。


「凄いですね、あんな刃物も弄れるんですか」

「ま、この業界長いからな。奴らと渡り合う内に自然と身についちまったんだな、これが」


 映る影だけを見るならば仲の良い姉妹か母娘のようにも見える。


「懐かしいな、こういうのも」



 それから時間にして三十分程だろうか。近所迷惑も無視して刃を研ぐ音や金属に何かを刻む音、それと少女の歓声が幾度も響いて。二人が屋台の中に戻ってくる。

 サングラスは疲労困憊の様子で、少女はホクホクツヤツヤの満面笑顔だ。


「おう、おつかれさん」

「ったく、調子に乗ってアレコレ無茶な注文付けて来やがって。

 ああ、ズボラなお前用に修復の魔術式も刻んでおいた。必要な時はそこに魔力を流せ。

 分かったな? 大切に使えよ?」

「うん、分かってる分かってる! わはー! ありがと!

 っはあ、沢山騒いだから喉渇いちゃった! おじさん、これ貰うね!」

「あ!? 馬鹿、それは――」

「きゅう……」

「――酒っ! ……ったく、ここに悪い大人が居たらどうするんだ」


 勢いよく八塩折之酒(やしおりのさけ)を呷ってしまった少女が目を回してカウンターに突っ伏してしまう。


「おいおい、大丈夫そうか?」

「……ん、まあ問題無さそうだ。暫くすれば目を覚ますだろう」


 頬に手を当てたりして様子を観ていたサングラスがやれやれといった様子で腰を下ろす。一方少女はと言えば、くぅくぅと心地よさそうな寝息を立てて眠っていた。


「それにしても驚きました、連合の方はもっと同盟を嫌っていると思ってましたが」

「組織単位だとそうだけどな。ま、個人単位ならこんなもんだ。

 それに……な」


 サングラスがチラリと少女の寝顔に視線を移す。


「ちょうど、その子の年くらいか?」

「まだ生きていればの話だが、な」

「お客さん……」


 よだれが一筋垂れているのをおしぼりで拭ってやって、サングラスは肩を竦める。


「ま、今のご時世じゃよくある話って奴だ。

 ……っと、そうだ、ついでだ」


 サングラスはポケットから木彫りの飾りが付いたペンダントを取り出すと眠りこける少女に掛けてやった。


「……良いのか?」

「ま、これも何かの縁ってやつだ。

 渡せなかったからって、いつまでもプレゼントを持ち歩くのも、な。

 俺には効力は無いしな、あれは」

「……そうか」


「なあ、親父。旨い熱燗をくれ、三つ」

「三つ?」

「ああ。もうこんな時間になったら、客もそう来ねえだろ。一杯付き合ってくれや」

「…………そうですね。では、ご相伴に預かりましょう」

「待て、ワシを忘れるでないわ」


 重い声が響いて店主の後ろから巨大な蛇が顔を出す。


「うおっ!? 酒飲んで寝てたんじゃなかったのか?

 先に言っとくが、あんたの分は流石に出せねえからな」

「カッカッカッ……! 同じ過ちを犯すほど阿呆でも無ければ、小童に奢られるほど落ちぶれておらぬわ」

「はぁ……ったく、物好きな。本当によくある話だぜ?」

「良い良い、此処は酒の席ぞ。肴あってこそのものよ。

 今宵は良い酒が呑めそうじゃ。これだから人の世はやめられぬ」

「おまちどおさん。燗つきましたよ」


 店主があちちと言いながら徳利を取り上げ、三つのぐい飲みに注ぐ。大蛇(おおへび)様には桶一杯に八塩折之酒だ。


「そんじゃ、ま、ひとまず――」




「「「「――乾杯」」」」



 宵闇の空に、杯を合わせる音と小さな寝息が静かに響いた。


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