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3.ドM、金髪少女と出会う。

「楽しんできなさい、エムリエル」


「エムリエル、お前なら必ず冒険者になれる。 私は信じているぞ 」


 冒険者試験に向かう俺を温かい言葉で送り出してくれる両親。 

 なんだろう、懐かしいむずむずするようなこの感覚。


 と、母さんの服を端を手でぎゅっと掴みながら後ろから俺のほうをちらちらみている少女がみえた。

 妹のアイリスだ。


「ほら、貴女も」

 アイリスが母さんに促されて俺の前に立った。


「お兄ちゃん、帰ってくる……?」


「ああ、試験が終わって依頼をある程度こなしたら帰ってくるよ 三ヶ月後ぐらいには」


「長いよ……」

「アイリスの好きなお土産、いっぱい買ってくるから」

「ほんと! 約束よ」

 アイリスがぱぁっと明るい笑顔をみせる。

「ああ、約束だ」


 アイリスにそう言った後、俺は父さんのほうをみた。

「父さん、要望どおりの杖を用意してくれてありがとうございます」


「息子の頼みだからな。 お前だけの特別仕様だ」


 杖、賢者が使用する武器の一つだ。 魔法の発動を補助するとともに消費魔力を減らしてくれる優れもの。


 何を隠そう、俺の父さんは武器職人なのだ。 剣、弓、槍、斧、そして杖、武器なら何でもござれだ。


 父さんから、母さんと父さんは武器の修理に父さんのところを母さんが訪れたときに出会ったって何度も聞いたっけ。

 

 ま、その馴れ初めについては別のお話。


「じゃあ、いってきます」

 俺は走って勢いよく外へ飛び出す。


「「「いってらっしゃい」」」


 後ろから三人の声を受け、振り向いて手を振る。


 そして、手を振りながら俺の中で家族との記憶が走馬灯のように蘇る。


 スパルタで炎の魔法を何度もぶつけてきた母。

 切れ味をみるために家の中で武器を振り回していた父。

 寝ているときによく腹にショルダータックルをかましてきた(アイリス)

 

 本当に楽しい時間をありがとう。


 ……そして、ハロー、冒険者ライフうううううううう!

 

 いざ、生と死と痛みで彩られた愛しい王都へ!

 


 *   *   *



「助けてくださってありがとうございます。 それで、あの貴方のお名前は……」

 

 少女が俺に話しかけた。

 その少女は金髪で出で立ちは育ちの良さを感じさせる。

 その金髪少女が俺のほうをまっすぐみている。


「エムリエル・ペインテットです」


「エムリエルさん……」

 俺の名前を金髪少女は反芻する。


「その格好、エムリエルさんは、冒険者なんでしょうか」

 

 なぜ俺と金髪少女が話しているかというと。




 ・少し前の話。



 俺は王都へ、俺の家のある王都郊外から馬車に乗って向かった。

 その道中、森の中で盗賊らしき男をみかけたのだ。

 

 家を出る前に盗賊の風貌は母さんからよく聞かされていたから、人目でわかった。


 盗賊といえば、冒険者を殺せるぐらいの実力を持っている奴もいるという。

 相手は一人だけ、馬車は待てば、定期的に次の馬車が来る。

 俺は盗賊と戦ったら少しは楽しめるかなと思って、馬車から飛び降りて、盗賊を煽って喧嘩をふっかけた。


『なんだ、このガキ』


そう言って、盗賊はいきなり、俺の腕に短剣を刺してきたのだ。 


 

 よくみると俺と同い年ぐらいの少女が盗賊の後ろに倒れていた。


 武器である杖は今、異空間ポケットっていう母さんからもらった便利なポケットにしまっている。


 その気になれば取り出せるのだが、盗賊には後ろに少女がいる。この距離だとまだ制御ができていない()()の発動に巻き込んでしまうかもしれない。 杖はダメ。


 うん、俺も冒険者志望。 人助けとか、相手のことは考えなきゃいけない。

 気持ちいいのは大切だ。 だが、そういうのを放置しておくのは、なんとなく後味が悪い。


 それに今、俺はこの盗賊に不満がある。

 

 

 確かに、短剣によって心地よい感覚が腕いっぱいに広がった。だが、その盗賊は短剣の扱いが下手くそだった。

 もっと痛みを与える方法があるのにな。 


 それでも気持ちいいのには変わりなかったわけだが。

 

 だから。


『短剣の扱いがなってないなぁ』と俺はつい言ってしまった。


 刺さっている短剣の刃をもう一方の手で掴んで、口角を上げてニヤついた状態で。

 

 手の平に気持ちよさを感じて、さらに笑みが深くなる。


 気持ちいいから笑う。 笑みがこぼれる。それは自然だ。

 

 だが、ここは我慢すべきだった。 だって。


『あ、頭がおかしいのか、こいつ!』 



 盗賊がビビッて逃げ出したのだ。 

 

 お待ちになって! もっとスリルある戦いをさせておくれよ。

 

 盗賊はあっという間にみえなくなってしまった。

 

 はぁ、なんか醒めたな。 

 

 狩りをしていて、目の前で獲物に逃げられたときのような落胆。

 

 テンションが下がった俺は自分の手をみる。

 

 両手と片腕が血だらけになっちった。

 

 

『死なないとは思うけど、治療が必要っと』

 

 ま、俺の治療は後でもどうにでもなるか。

 

 何よりこの痛みをあと少し感じていたい。


『息はあるな。体の震わせる姿がさっきみえたし』

 

 とりあえず、少女の状態をみなければ。


 そう考えた俺は少女の方へ近づこうとしたところ。


 その少女が起き上がって話しかけてきたのだ。

 

 

 ・そして今に至る。

 

 

「あの、その格好、エムリエルさんは、冒険者なんでしょうか」


「いや、ちょうど今から冒険者の試験を受けにいくところなんです」

 


 俺はにこやかに笑う。 笑顔はコミュニケーションの基本だよね。

 


「怪我はない?」


「心配してくださってありがとうございます。 貴方のおかげで特に怪我とかは」


「貴女の名前は?」


「私は、エスナルです。 エスナル・カイリード……きゃ?! その手は……」



 エスナルは俺の両手をみて軽く悲鳴を上げる。



「すぐに治療しないと……」



「ああ、うん、でも治療用の護符を持ってきてるから大丈夫ですよ」



 俺は賢者だが、回復魔法が実は得意ではない。 そんな俺のことを心配した母さんが、治療用の護符を用意してくれたのだ。 

 

 護符を貼るだけで簡易的な治療ができる優れ物だ。



「それじゃあ、治療が不十分でしょう……私が治します」


「治せるのですか?」


「ええ、だって私、回復術師(プリースト)ですから」



 頑張るぞという感じで服の袖をまくり上げるエスナル。

 

 いやいや、そんなもうちょっと痛みを感じていたいし。

 張り切らなくていいって!




 *   *   *



 それはちょっとした油断だった。

 

 私は、王都行きの馬車を待っていた。

 

 盗賊がこのあたり最近出没しているのは知っていたけど、家の掟が厳しくて、ようやく冒険者になれるチャンスを手にできたんだ。

 今回の試験を逃せば、次はいつになるかわからない。 そんなに待てない。

 

 すぐに馬車がきた。 私は馬車に乗り込む。


「え」

 

 私の呆けたような声。


 馬車の中にいたのは盗賊だった。



「おお、馬車を奪ったらこんな拾いもんがあるとはなぁ」

「おい、お前だけで楽しもうとするなよ……俺も混ぜろよ」



 数は馬を操っている盗賊と私の前にいる盗賊で二人。


 私はプリースト。  

 距離があれば、魔法で防御なりを準備できたが、ここは馬車の中、すでに盗賊達の間合いに飲み込まれていた。 


 考えろ。考えろ。


 どうすればここから逃げられる。

 


 そうだ。あれなら……。



「貴方達、私をどうするつもり」


「んなもん、嬢ちゃんが一番理解してるんじゃないのかな」

 

 目の前の下品な笑み、他者を傷つけようとすることに悦びを感じているような、この。 

 この悪意ある笑みが私は嫌いだ。


「貴方、いい死に方しないわ」

「褒め言葉をどうも。さて、じゃあお嬢ちゃん。 お楽しみといこうや」

 

 あと少し。あと少しだ。


「ひひーん!」


 馬がいなないた。


「どうした!」

 私の前にいる盗賊がもう一人に向かって叫ぶ。


「わからねえ 急に馬が暴れて! ぐあああ」

 

 馬を操っていた盗賊が落馬する。

 馬車が大きく揺れる。



『このガキィ! 何かしやがったな……くっ』

 目の前の盗賊も揺れでうまく動けない。

 私は馬車から飛び降りた。



『はぁ、はぁ、うまくいった』

 私は森をひたすらに走る。

 針だ。 魔力の針を盗賊との会話の間に馬のほうへ伸ばし、突き刺した。 

 人間相手には効果がない細い針。 けれど、馬を刺激するには十分だ。


 よし、これでにげら。



『誰から逃げられるって?』


『嘘……』


 盗賊が目の前にいた。


『足だけには自信があってな』


 そうだ。そう、相手にも魔力があり、魔法が使える。


 そんな当たり前のことすら、頭から抜け落ちていた。

 

 やっぱり、私はまだ冒険者にもなっていない子供。 

 

 所詮は浅知恵なのだ。


 馬車に乗るときに盗賊のことを警戒していなかったのを今になって後悔する。

 

 絶望と後悔で体が震える。


 そうして、心が折れた瞬間、足がもつれて地面に倒れた。



『ふん、売りさばくときに価値が下がるだろうが、逃げられないように少し足を傷物にしておくか』



 男が短剣を取り出す。



 私は恐怖で目を閉じる。


 そして、何もかもを諦めたそのとき、その子が現れた。



『あ、弱い者虐めが得意な盗賊じゃん』

『なんだ、このガキ』

『短剣の扱いがなってないなぁ』

『あ、頭がおかしいのか、こいつ!』


 それは、希望の光。 私は起き上がってその子の顔をみる。

 

 この先、何度も思い出す光景とあの笑顔。

 それが、私と私の勇者との出会いだった。


 


 私、エスナル・カイリードを助けてくれたのはエムリエル・ペインテットという同い年ぐらいの男の子だった。


 怪我をするのも厭わず、盗賊に挑発的な言動をして、私を助けてくれた。


 

 本当は痛いし、怖いはずだろうに。

 笑っているだけで怪我しているのを苦しいとも言わない。

 素振りすらみせない。


 その振る舞いがあまりにも自然体すぎるものだから、最初はプリーストである私ですら怪我していると気づかなかったほどだ。

 

 それは不思議な笑みだった。 他者を害するあの盗賊の笑みとは違う。


 

 その大きな優しさが私には眩しくみえた。


 

「ふふふ、エムリエルさん……」


 その名前を彼に聞こえないように小さく呟いた。

 

 呟くたびに、心が温かくなる。 


 決めた。冒険者試験のときに彼とパーティを組んでもらおう。 

 そして、冒険者になったあとも組み続けるのだ。 


 私は、彼の治療をしながら、そう心に誓った。


 


 



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