2.ドM、能力を確認する。
Mの朝は早い。
「エムリエル、いきますよー。 ファイアーボール!」
「ッ! 」
俺は訓練用の剣で、母さんが飛ばしてきた炎の魔法を弾く。
俺は十二歳になった。 今は家の訓練用スペースで、母さんから指導を受けている。
この指導は五歳からやっている。
何故こんな訓練を五歳からしているかというと、人間は、ひょんなことで死んでしまうからだ。
冒険者になってより長く、より強く痛みを感じていたいなら、俺がまずやるべきことは二つ。
一つは身体を鍛えること。 衝撃に耐えうる身体を作る。 当然のことだ。
前世で崖から落ちた時の心地よさは最高だったというのに、すぐに俺は死んでしまった。
そう、痛みや戦いのスリルを堪能する前に死んでしまっては意味がない。
加えて、この世界は魔法がある。
魔法に一瞬で消し飛ばされてしまっては痛みやスリルを全く感じられないからな。
要はそうならないように幼い頃からの訓練が不可欠というわけだ。
訓練時に感じる身体の悲鳴もイイし。
二つ目は、生と死の明確な境界を学ぶこと。
どんな攻撃が死に直結するのか。
どこまで痛みを感じていられる余裕があるか。
どこにダメージを受けたら死ぬのか。
やるべきことが多い。だがこれも、より深い痛みやスリルを得るため。
そう、今も前世も変わらない。 生と死のギリギリの綱渡りを悦びとする探求者。
なんちゃって。
「隙あり!」
物思いに耽っていたら、母さんが炎の魔法をぶつけてきた。
「あちちちちぃぃイイ……」
ああ、イイ。 冒険者の訓練だとスパルタになる母さんでよかった。 心地よくてしょうがない……。
特に死なないように調整するあたりが完璧だ。
「また、笑ってた ふふふ。 やっぱり、あの人の言うとおり大物になるのかしらね」
うん、いつも楽しい時間をありがとう。 感謝しています。 母さん。
「【窮地にあるときに笑える者は強い】
私がいたパーティの仲間の言葉よ。 貴方は賢者が適性だっていうのに魔法の才能がほぼなかった。けれどね、エムリエル、貴方はどんな能力よりも大切な苦難を乗り越えていける【心】をすでに持っている」
「母さんの教え方が良いからですよ」
「まあ、この子ったら!」
そう、母さんの言うとおり、俺には魔法の才能がなかった。
最近、自らの適性を両親からもらった鑑定用の水晶で調べてみたのだが、出てきた結果はこんな感じだった。
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名前:エムリエル・ペインテット
適性:賢者
・適性説明
魔法を得意とする。
・詳細魔法タイプ:身体干渉系(G)
・詳細魔法タイプ説明
身体干渉系:状態異常や相手の動きを鈍らせるなど、干渉を得意とする。
G~Aそして、最高ランクのSの順に使える魔法の汎用性の高さを示している。
・スキル(神の加護)、(自力習得)
神の加護あるいは、自力で習得したスキル。
スキル名:【逆転】(神の加護)
能力説明:不明(使用時に解放されます。)
現在は使用できません。
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まさか、魔法が最低ランクの賢者とは……。
女神から貰ったスキルセットには最弱賢者とは書いていたけれど、確かにこれは弱い。
母さんが言うには、賢者で魔法がGはみたことがないのだとか。それにこの世界の人間は体内の魔力で状態異常系の攻撃を洗い流すため、よほど、強力な魔法でもないかぎり効かないのだとか。
父さんは、――気を落とすな。お前のその度胸なら、才能がなくともやっていけるさ――なんて俺の肩をポンと叩いてくれたけれど。
超、嬉しいです。 だって、女神がみせてくれた特典のキャッチコピーにはスキルを使う前に、死ぬ可能性が大なんて書いてあったんだよ。
燃えるじゃないか。 どんなスリルや痛みが味わえるかワクワクする。
スキルは【逆転】、今は使用不可らしい。
能力名や説明から察するに、特別な状況下でしか使用できないスキルなのだろう。
あ、それともうすぐ冒険者登録ができる。 身体を鍛えたし、年齢的にもそろそろ頃合だろう。
十二歳なら冒険者の中でも若いほうではあるが。
* * *
身体も鍛えたし、そろそろ魔法を使ってみようかと思った。
なぜ、今まで使わなかったって?
それは、幼い頃から魔法に頼ってしまうと肉体や身体技術を鍛えることが疎かになると感じたからだ。
異世界にきて残念だったのは、この世界の人達が魔法に頼りすぎな点だ。
魔法の存在によって攻撃は大ざっぱになりがちで防御も障壁魔法や装備の力。
それは身体を鍛えることによって得られる「身体技術」を軽視していることにほかならない。
魔力で身体能力をデフォルトで強化しているから肉体強度は高い。
だが、身のこなしが前世の世界よりも洗練されていないのだ。
敵の攻撃を紙一重でかわし、生と死のギリギリの境界を楽しむ。
そんな面白い戦いを俺は異世界に期待していたのに。
蓋を開けてみれば、技術のないただの力と力のぶつかり合いだったから興醒めだ。
それを父さんと母さんに伝えると、素晴らしい着眼点だ。流石、私たちの息子だと感心していた。
当然、前世のことは話さなかったけどな。
閑話休題。
俺は魔法の訓練を始めた。
元々賢者適性を持っていた俺は、魔法自体は訓練したらすぐに使えるようになった。
使えるようになったはずなのだが……。
「何も起きない……」
そこらへんにいる鳥とかに向かって魔法を撃っても何も起きなかった。
確かに魔力を練って魔法を使えたという実感があるのに。
俺は鑑定水晶を確認してみた。
水晶に使えるようになった魔法が写し出される。
『ステータスダウン』『ポイズン』……etc 魔法効果範囲:一ルンチ。
ルンチとは前世での長さの単位のことだ。一ルンチは確か……。
一センチ……?
「狭! なんだこれ……。」
いやあ、ランクGってどんなもんかと思ってたけど、ここまでピーキーだとは。
ん?
「いや、まてよ」
……そこで、俺はあることに気づいた。
次第に口角があがっていく。
「ククク……ハハハ」
乾いた笑みがこぼれる。とまらない。
ああ、これは本当に最高の特典だ。
気づいたとしても普通は試さない。 試したとしても、正気ではいられない、耐えられない。
女神が言っていたことにも納得だ。
これは悪い魂を更生させるための特典だと。
けど、俺はまともじゃない。 だから試した、そして耐えられた。
――その日、家の訓練場に大きなクレーターができた。
おまけ
「母さんってどんな冒険者だったんですか?」
「戦士だったわ。 昔は過激だったのよ。 女帝戦士なんて呼ばれてた」
「(女帝戦士……)ごくり」
「お父さんとも、結構……っていやだ、私、何を言っているのかしら あなたにはまだ早かったわね」
「(気になる……)」
つづく?
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