1.ドM、転生する。
新作投稿しました。
変わった主人公の無双をお楽しみください。
俺は今、死にかけだ。
ちょっと、スリルを求めすぎて崖登りをしていたら掴んでいた岩が砕け、崖から転落したのだ。
我ながら間抜けな死に方だな。
打ち所が良かったのか、まだ意識はあったが、身体を動かそうとすると、身を裂くような心地よい衝撃が身体全体に広がる。
こういうのって痛みなく一瞬で死んじゃうもんかと思ったけど、案外生きているもんだな。
俺は心の中で人間の頑丈さに感心していた。
同時に一瞬で死ななかったことに感謝していた。 この心地よい感覚に身を任せられる。
いいね、この感覚。 生と死の狭間に立っているようなこの痛み。
だが、それも長くは続かない。 次第に俺の意識は身体から離れて――死んだ。
そうして、意識だけになった俺は気がつくと何も無い暗闇の中にいた。
これが死後の世界ってやつか。
何も無いしぼーっとしているのは、退屈だなあ。
何も出来ないのなら、もう少し生きてろよ、俺。 そうすればあの痛みをまだ感じられていたのに。
そんなことを考えていると、目の前に光が現れた。
女神らしい。 白いローブに身を包み、人の姿となったその光は自らを女神だと名乗った。
「……」
なぜだか、女神はバツの悪そうな顔をしてこっちをみている。一体どうしたのだろうか。
「ごめんなさい! 貴方の人生の設定を間違えて、酷い人生にしちゃいました。 本当ならもっと貴方はもっと良い人生を送れたはずなんです。
崖から落ちたのだって、ワタシが貴方の運の設定を間違えたからだし……」
うん? 別に俺は後悔してないぞ。
「別に気にしてませんよ。 最後は好きに生きて死ねましたから」
これは、本当だ。 後悔もない。 なんだかんだ楽しい人生だった。
最後にあんなに気持ちのいい痛みを感じられたしな。
「そうはいきません。 これはワタシのミスですから、次の人生では優遇しないと」
「次の人生? 優遇?」
転生って奴だろうか。
女神は続ける。
「ええ、生命は皆、転生します。 優遇というのは、前世で酷い人生を送った人達への特典みたいなものなのです」
なるほど。
「貴方には世界に名を残すほどの能力を得る権利があります。 貴方は次の人生で報われるのです」
「具体的にはどんな能力が?」
「指を指しただけで敵を殺せる力や絶対に傷つかない肉体とか……」
うんきっとそれは楽だ。
楽に相手に勝利できる。
けど、俺が一番欲しいのは……
「悪いけど、断ります」
「そうですか……ふぇ?! 究極の力や究極の肉体が手に入るんですよ! 」
「だって――全然楽しそうな(痛そうな)力じゃないんだ」
「楽しくない?」
「(痛くなさそうな)この人生に心がうずかない、俺はもうちょっと苦難(ギリギリの生と死の綱渡り)を楽しみたいんです」
パチパチ、俺の言葉を聞いて女神が拍手している。
「なるほど、なるべく努力して生きていきたいと。
貴方の人生をみているときには気づきませんでしたが、凄い人格者だったんですね」
拍手を終えた女神が感心したように言う。
はて? 俺が人格者? そんな大したことを言っただろうか。
まあいいか。それよりも。
「他の特典をみせてくれませんか」
そう俺が言うと、女神が俺に特典の一覧を見せてくれた。
「今から貴方が行く世界は、依頼をこなして、報酬を受け取る【冒険者】達が多い世界です。 ですから、冒険者用の特典を多めに用意しました」
ふむ、ファンタジーとかでよくあるやつっぽいな。
で特典の内容は……。
『国を滅ぼせること間違いなし! 神の雷剣と勇者セット!』
『気に入らないあいつに! 最強の毒矢の弓使いセット!(※安全のため、使用者には毒耐性が付きます)』
etc……
なんか、全然痛くなさそうだな!
こんなのじゃなくてもっと痛そうなやつをさ。
一覧の大半を確認したが、どれも俺の好みに合うのはなさそうだn……。 ――ん?
『スキルを使用する前に死ぬ可能性大! 上級者向け、最弱賢者セット!』
一つだけ色あせていたその特典を見た瞬間、俺の中に電流が走った。
「これだああああああああ!」
「ふぇ?!」
いきなり叫び声をあげた俺に驚いて女神がビクっと震えた。
「えっとでもこれはその、」
「選んじゃいけないやつなんですか」
「そうじゃないんですが、これは悪行だらけの悪い魂を更生させるための……まだ誰もスキルを使用したことのない不人気特典なんです」
いや、これしかないでしょ。 他は全然、心が疼かないし。
「これでいいですよ。 面白そう(痛みを感じられそう)じゃないですか」
「どこまでも努力家なんですね。あえてきついこれを選ぶなんて……」
俺、そんなに努力家かな。 努力家をアピールした覚えはないんだけど。
俺の疑問をよそに特典も決まったからなのか、女神がなにやら準備を始めた。
「チンプイ、チンプイ、ハイハイハイ」
女神は懐から杖を取り出し、呪文?を唱えながら俺に向けて光を放つ。
「では、転生させます あ、前の人生の記憶はサービスでそのままにしておきますね。 良き人生を」
その声を聞き終わると同時に意識が遠のき、俺の視界のすべてがまばゆい光に包まれた。
* * *
現れたのは両親の顔。 笑っている。
俺はどうやら転生に成功したらしい。
「私がわかるか? エムリエリル、わはは」
父だろうか、俺を持ち上げながら、喜んでいる。
「あなた、騒ぎすぎよ」
と言いつつも、母らしき人もベットで父と俺に笑いかけてくる。
「お前に似て美しい顔をしている この子は将来、お前のように冒険者になるかもなぁ」
「まあ、気が早い」
「そう言うな 生まれたときにエムリエルは泣かなかったんだ きっとこの子は将来大物になるぞ」
うん、生まれるなんて感覚初めてだったから、味わっていて泣くのを忘れていたのだ。
それにしても、父と母の会話を聞く限りでは、冒険者になりやすい環境が整っている気がする。
冒険者用のスキルを持っているから、冒険者に理解のある家系に生まれたということだろうか。
考えたってわからないし、しょうがないか。
わかるのは、俺、エムリエル・ペインテットの人生が始まるということと新しい刺激の日々が待っているってことだけだが 今はそれよりも。
ああ、持ち上げられたときに感じるほのかな痛み……イイ……。 生まれるのも気持ちいいな。
そんな心地よさに包まれ、俺の世界は始まった。
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