街中で 3
まっすぐに文箱の所在を確認しようと思っていたサウォークは、双子の実家に近づくにつれ、だんだん気持ちが揺らぎ始めていた。
元気なオノエは彼の横で鼻歌を歌っている。
(ニマウの方がまだ何かを考えてら)
この能天気な子が一緒なら、あの家にもまた入りやすい。
(あのメシ美味しかったなぁ)
何よりも双子の母親の優しい包むような笑顔と盛り上がった大きな胸…むね…。
文箱か、おっぱいか。おっぱいか、文箱か。
オノエが急に立ち止まった。前方をにらんでサウォークがどうした?とたずねても無言でいる。
サウォークが彼女の視線の先を見ると、双子の家を窓から覗き込んでいる黒衣の男が目についた。
泥棒か?
「おじさん。先に行ってて」
オノエはさっと彼から離れる前に付け加えた。
「見られないほうがいいよ」
サウォークは彼は念のため別の道を通ることにした。
オノエと別れて曲がり角曲がる前にもう一度ちらっと見ると、家に走り寄っていく彼女を見て男の笑顔で手を振っている。
(知り合いか?)
それにしてはオノエの顔が固い。急いで用事を済ませようとサウォークは鍛冶屋に急いだ。オノエと話している男は背も低く痩せていて危害を加えそうには見えない。ただ、黒く垂れ下がったマントがからすの羽根のようだった。
鍛冶場に入ると、あのデリアと呼ばれた大女がじろっとこちらを睨みつけた。
今日はじいさんの姿がない。
「昨日…そのう…預けた者だけど」
思ったよりも重要だったとか何とか言い訳を色々考えていたのだが、大柄な女鍛冶屋はの顔つきからもう何も言わなくても分かっていることをサウォークは悟った。
「きな、こっちだよ」
促されるがままにサウォークは鍛冶屋の裏手に回る。
たくさん積まれた恐ろしく重そうな荷物を大女はかるがるとどかせ、また恐ろしく重そうな石蓋を持ち上げる、
サウォークはそこに階段があるのを見た。
狭い階段は横幅の広い彼と大女のデリアでぎゅうぎゅうになっていた。
窮屈そうに体を狭めながら降りて言った先に広い空間がある。
急に目の前に灯がともり、サウォークは暗闇の中で目をぱちぱちさせた。
地下倉庫の奥の隅っこに、あの忌々しい文箱が置いてある。
あの女はこの箱を一体どうやってここに運び込んだのだろう?そもそもが重すぎる上に入口は狭すぎる。
サウォークがこれをこっそり出そうとしたとしても、あの入り口で彼か箱かどちらかが詰まってしまうのは目に見えていた。
「これのことなんだけどさ、開かないね」
と女は言った。
「焼き切っちまってくれよ。逆さまにしてぶっ壊すとかさ。火かき棒でちょちょっとこの穴を…」
「バカ、これは文箱だろ?外から熱を加えたら中が燃えて炭になっちまうよ」
「じゃあどうすりゃいいんだ?」
「内蓋は特殊な鍵を使ってる。鍛冶屋より鍵師の仕事だ。鍵師を紹介してやってもいい
ただそれには条件がある」
女は言いよどんだ。サウォークは警戒する。
デリアは念押しをした。
「お姫様たちの身は無事なんだよね」
「それは保証する大丈夫だ」
これについてはサウォークは真面目に言った。
馬を飛ばしてやってきた太子の様子からして、色気に興味があっても命まで取ろうと思っていないことはだいたいわかった。
「本当だな?それなら…」
そこで女は口ごもった。言いにくそうにしている。
「なんだどうしたんだよ」
「わたしに正式な鍛冶屋の証明書が欲しい」
「へえっ?」
サウォークはびっくりして変な声が出てしまった。
「頼む。条件は満たしている。もう五年以上やってるし、規格に合格した剣も何本も鍛えている」
「あんた正式な鍛冶屋じゃないの?」
サウォークは今にも納品されようという箱に入った剣を指さした。
「だってこれ、こないだお前が鍛えてた奴じゃねえか。見事な出来だよ。十年越しぐらいで鎚振ってなきゃこれくらいの逸品は鍛えられねーよ。あのジジイなんかよぼよぼしてよ、ふいご吹いて鋳掛け屋やんのが関の山じゃねえか」
言いながらサウォークは自分の言っていることが正しいのを悟った。
「この鍛冶屋はお前でもってるだろ。なのに免許持ってないのか。ギルドはよ。発行してくんねーのか」
大女のデリアはため息とも舌打ちともつかない音を立てた。
「あんたはこの土地を知らない」
「そんなんいいよ。一筆書いてやら。免許皆伝のよ」
「お前が書くのか?どうしてそんなことができる」
デリアはうさんくさそうな顔をしている。
ごそごそといつも大きな横腹に下げている箱を開け、サウォークはどこからともな紙とペンを出して指をなめた。
得意気に言う。
「俺、剣の鑑定士の免許持ってるんだ。軍隊って現地調達とか色々あるからよ。まあでもこの鍛冶屋協会のマスター資格は俺の個人的な趣味だけどな。こんなところで役立つとは思わなかったよ」
太い指が暗い灯りの下で想像も付かないほど繊細な細かい文字をサラサラ書いていくのを、デリアは顔を赤くして熱心に見守った。
「この者を鍛冶屋の資格ありとみなす…保証する…っと」
「印鑑はいらないのか」
「大丈夫だよ」
サウォークは二つ同じものを書き、重ねて並べてから割印となるようサインをしてからひとつを渡した。
「ふたつ書いてほらこいつを都に送ればいいんだ。そうすれば正式なバッジも届けてくれる。まあ一週間ぐらいだろうな」
「じゃあ一週間待たないとだめなのか」
デリアは少しがっかりしたような顔をする。何をそんなに急いでるんだ?サウォークは疑問に思う。
「いやこっちの俺の手書きの方だって仮会員証だから、こいつも仮とはいえちゃんと効力が発揮するぜ。つまりお前は正式な鍛冶屋だ」
「本当に!本当なんだな!」
大女があんまり嬉しそうな顔したので、書いたサウォークの方がかえって戸惑った。
デリアは大切に書類をしまい込むと、彼の方に向き直った。
「じゃああんたにだけは特別に秘密を教えてやろう」
「何だよ秘密って」
「この箱に使ってる鍵はな、城に出入りしている業者が作ったもんなのさ。その鍵屋のおやじはな」
デリアは声をひそめてサウォークにささやいた。
「最近何者かに殺されたんだ」




