翌朝 1
皆が総出で馬車に押し込む間、太子はむにゃむにゃ言っていた。
「可愛かったトゥアナ…可愛いトゥアナ…。絶対にここから助け出してあげるからね!もう少しだから」
「馬でなければ通れない場所もありますが」
「その頃まで来れば目が覚めるでしょう」
「戻りたいなんて言いませんかね?あの状態で王宮に帰ってまたベルガを廃嫡だとか攻撃命令なんて言いませんか?」
「太子さまの目が覚めるようなものを持ってますから大丈夫です」
「何ですか」
「今すぐ戻れという皇太后さまからの書簡と、太子妃の文句の書簡です」
それはまた目が覚めるだろうけど、機嫌も悪くなるだろうな、とロトは考えた。
侍従の憂鬱そうな顔も示している。
太子が大声を上げたので二人ともそっちを見るが、寝言だった。
「最初はもう、全部焼き払っちゃおうかと思ったけど…!この方がいいよね!」
「まだ少し酔っていらっしゃるようです」
ロトは馬車の扉をバタンと閉め、おもむろに太子付の部下に言った。部下といっても太子となれば血筋も伯爵だ。
相手も顔をしかめて答える。
「何を聞いても本気にされぬよう」
「もちろんです。貴公も太子さまに何を聞かれても、何事もなかったとお伝え下さい」
「無論です」
ロトは無理矢理に太子を連れ帰るため早々に出発した馬車を見送りながら、昨夜サウォークやアギーレと一緒にソファの後ろで聞いたウヌワたちの会話を思い出していた。
「太子はベルガを嫌っているし、何とかして今日お話を聞いて頂きたかったのだけど…まさかあんなに酔ってしまうとは思わなかった」
ウヌワが舌打ちする。
「酒があんなに弱いなんて。たかが10杯や20杯飲んだぐらいで都の人間は情けない!」
トゥアナの侍女のウルマが抗弁する。
「こっちの人間がおかしいんですよ!あんなにガブガブ水みたいに飲む方が異常なんです!」
「あーはいはい。あんたは都からトゥアナについてきたんだものね。そこ、メソメソしない!」
セレステは急いで頬をぬぐい、赤ん坊のアドラの頬についた涙も優しくふき取った。
「なんとしても都とのコネクションが欲しい!あの司令官…いきなりあれほどトゥアナにメロメロになってしまうとは…意味がわからない」
ウヌワは考え、いきなりセレステの方に向き直って詰問した。
「あののっぽの副官はどうしたの。男一人も落とせないの」
「彼はそんな人じゃなかったのよ」
「あなたの美貌とやらも効果ないのね」
ウヌワが冷笑する。
セレステは特に怒りもせずに赤ん坊を静かにゆすっている。
「別にソミュールは私が誘惑したわけじゃない。けど別に男を誘うぐらいなんでもないわ。別にどうとも思わない。でももしお姉さまがあの司令官と結婚してソミュール地区をのうのうと支配するつもりなら…」
「この子とあなたに復讐したいのかもよ」
背中を向けたので、物陰からロトにセレステの顔は見えなくなった。
「もしそうなったら 私はトゥアナを絶対許さない」




