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ラベル・エラベット  作者: 天海 悠
回廊にて
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涙と秘密 3

 




「ベルガはいいのか?」

「いいの。ほっておきましょう」


 トゥアナはすましている。カペルはさっき大広間で言ったことをもう一度言ってみた。


「あいつ、あんたの手紙読んで泣いてたんだぞ」

「ああ…」


 トゥアナは今回は顔色一つ変えなかった。

 こともなげに言い放つ。


「あのひとね、昔っからほんっとう~~に泣き虫ですの!」

「………」

「ちょっとぐらい泣いたからって全く気にすることないですわ」

「………」


 二の句が告げないカペルにトゥアナはさっきまでのベルガとの会話をご披露した。





 トゥアナは大広間を皆が掃除しているのを確認すると、ベルガを小部屋に押し込んだ。二人きりになるとトゥアナはベルガの方に詰め寄って詰問した。


「あなたまた泣いたの?」


 ベルガの整った顔立ちが歪んで、目に涙がみるみる盛り上がって大粒の涙が落ち始めた。


「だ、だ、だって、トゥナア…」

「だってぇ~じゃありませんわ!何歳だと思ってるの?」

「ベルガはなんでも、ひとりではできないって皆が笑い者にするから…」


 トゥアナは額にしわを寄せてベルガの方をながめ、ため息をついた。


「かっこいいところを見せようとしたの?そうでしたの?」


 ベルガがうつむくと、にゅっと腕が伸びてきて、トゥアナの手がいきなりベルガの耳をつかんでひねりあげた。


「って、甘やかすとでも思ってらっしゃるの!」

「痛い、痛い!!トゥアナ!」

「そんなことだからお父さまにもまだ早いって言われてしまってたのよ。情けない姿を見せないようにって、黙ってましたのに…言っていいことと悪いことぐらい、考えてくださいませ!戦争だなんて、冗談でも口にしないでください」


 トゥアナは指をやっと離した。

 ふくれっつらでベルガは赤くなった耳をさすっている。

 少しだけ優しくトゥアナは言い聞かせた。


「アウナはあなたに憧れてるのよ」

「まだまだ子供だ!嫁になんて早すぎる。あと五年は待ってもらわないと。それにトゥアナ…」

「わたしのことなんか気にすることはありません。アウナのことはみています。あなたは、この土地のことを心配して!」

「わかっている」


 ふてくされた顔で、ちょっとかっこつけた風になってベルガは言い始める。


「わたしは君を大事に思うから…」

「あ~もういいって!それはわかりましたわ!」






「というわけなんですの」


 説明を聞いてカペルは余計にベルガが不憫になった。

 幼なじみってのもなかなか大変なもんなんだなあ…。


「そんなことより…」


 トゥアナは真剣な顔で言う。ただならない雰囲気だ。

 ぎゅっと近付いてきて、顔を肩に押しあてた。


 ひえっ!


 カペルは思わず硬直する。あまりにも急なことで、腕を回して抱きしめ返す余裕もなかった。

 耳元でささやくトゥアナの声が聞える。


「あなたに大事なことを言っておかねばなりません。一国も早くお伝えしたいんですの。でもここはだめ。誰がどこにいるかわかりません」


 トゥアナの真剣な目が間近でカペルを正面から見ていた。


「どうしても二人きりになりたいんですの」


 カペルはちょっと考えた。


「じゃあ、街に行こう」

「街に?」

「しばらく城暮らしですっかり気分がくさっちまった、ここがどんな土地なのか見たいよ。手紙で教えてくれたみたいにさ」


 トゥアナの顔がぱっと明るくなる。

 ロトの目は光ってるしベルガは泣くし、侍女たちはうるさいしウヌワは恐ろしいしやりにくくて仕方ねえ。


「じゃあ、明日…。太子さまがたれたら、庭のここで、待ってますわ。よろしい?」

「わかった」


 喜んでスカートを翻して背中を向けたトゥアナをカペルはちょっとだけ引き止めた。


「双子になった気分だわ」

「待って」


 もう一度、あの別れの時にやったように、カペルは唇に触れるだけのキスをした。

 トゥアナは嫌がらなかった。

 ふんわり柔らかい感触が離れたときに、

 じいっと大きな目でカペルのことを見つめた。もう笑っているわけでもなく困惑している様子もない。真面目な顔だった。


 ぱたぱた去っていく後姿を見ながらカペルは思った。

 欲しかったのはこのたった一つのキスだ。


 性欲や思惑や事情や。生き方や見栄や考え方。

 何もから、すべてから自由な何もないキスだ。


 だいすきだ。


 その気持ちは伝わっていたとカペルは思った。

 彼女は知っていた。

 わからない振りをしていたわけではなさそうで、

 あなたの気持ち、利用してると思われるのがいやでしたの

 そんな風に幻聴が聞こえた。

 ベルガの前でも太子の前でも。


 ただ、思いだけ、なまのままの感情だけが、流れ込み、満たしていくようなキスだった。






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