真昼の夢 3
甲高い少女の声がいくつか、人だかりのど真ん中から響き渡っていた。
ロトは眉をひそめて耳をすませている。
「何て?聞こえます?サウォーク」
「敵…とか、男がどうのとか」
二人は顔を見合わせた。
「けだものだってよ」
言い争う赤毛の頭が二つ、見え隠れしていた。
なだめようと合間に入る低く落ち着いた声はかき消されてしまう。
「だからって他にどうしようもないでしょ!」
「お父様が何て言うと思ってるの?」
「何も言わないって、もういないから」
「あんた、何てことを!」
群衆はほぼ城の住人で、騒ぎを守るように取り囲み、集団を解散させようとする兵士たちともみ合いになりかけていた。
小走りに近付いてくるロトとサウォークの姿を見て、ざわめきは突然静まり返り、人の波はざっと割れた。
人だかりの中央には黒服の長女が立っていて、こちらを見る。
ロトは近寄って丁重なお辞儀をした。
「トゥアナさま」
彼女の背後に興奮冷めやらない様子の赤毛の少女が二人いる。
サウォークは、はっとした。押さえ隠して気付かれないようにロトに囁く。
ふたご?
ロトは無言で驚きもなく頷いた。
声を上げて言い合いをしていたのはこの双子の少女のようだった。
十四、五で髪も短く切りそろえ、男のようななりをしている。
広間では髪は比布で包まれ、ドレスを着ていたのでわからなかった。
頬は興奮に赤く染まり、息が清涼な高原の空気の中に白かった。
サウォークがわざとらしい笑顔を向けると、一人は唇を噛んで顔をそむけ、一人はにらみつけた。
「もう大丈夫です。収まりましたわ」
トゥアナが落ち着いた声で告げるのと同時に、双子はきびすを返して走り去っていった。
トゥアナが小声で指示をしたので、侍女も双子の後を追って走って行く。
「副官のロトと申します。お見知りおき下さい」
「存じ上げていますわ」
ロトは丁重にお辞儀をした。
「宮廷で一度、お会いしました。作戦参謀で、太子の側近でもいらっしゃるのよね」
その挨拶を牽制と捉えたのか、ロトは短く答えた。
「光栄です」
「西の棟から出さないように申しましたのに、あの子たちはおてんばですぐに出てきてしまうのです。わたくしの監督不行き届きですわ」
「兵たちのためにも、これ以上の騒ぎは起こさないで頂けますよう、尽力願います」
長女の隣を歩きながらロトはさりげなく聞いた。
「先ほどカペルさまが仰っていた事ですが」
ああ、と長女は答えてかすかに笑みを見せた。
「夕食をご一緒しますわ。用意をさせました」
「おふたりで?」
「ええ。お話を致します」
「そうですか」
姉妹たちはこのトゥアナ姫の主導で西の棟に集められて出入りも制限されたことはもう確かめた。
カペルが話しかけたから、彼女だけはそれが当たり前のように特別扱いをされ、こうして自由に歩き回っている。
「ですがあなたもお疲れでしょう。ご気分がすぐれないようなら、私の方からお断りしておきます」
「お気遣いはありがたいのですが、ごらんのとおりいたって健康ですわ」
「よろしいのですか」
「はい」
サウォークが指摘してはいたが、確かに、この姫の表情に張り詰めた悲壮感や愁嘆はまるでない。
かえって不自然なほどだった。
ただの定期訪問に訪れた都の使者を相手にするかのように落ち着き払っている。
ちらっと見た指には結婚指輪がはめてあり、腹の上で握られている。
白い指は震えている…わけでもない。
ロトは迷った。
「カペルさまはときどき…」
「時々、何ですの?」
「いえ、何でもありません」