末娘 2
カペルがその手に握っていたのは、よれよれになって泥と汗の跡がついた、ラベル家の紋章が捺された手紙だった。
テヴィナは言った。
「カペルさんて、おねえさまにお返事書いてたでしょ」
「うん…」
「おねえさま、あれとっても喜んでたんだよ」
「喜んでた?」
「返事はまだかまだかって。来たらお部屋に飛び込んで一人で読むの。それからギアズをせっついて」
ああ、そうだったかな。
そんなに書いたかな。
テヴィナは無邪気に言う。
「ねえさんね、おっきな文箱持ってるの。そこにねもういっこ、鍵付きの宝石で出来た小箱があるの。それに入れて宝物みたいに大切にしてたよ」
「ロト、お前の携帯用の辞書を貸してくれないかな」
「辞書?」
ロトは眉を寄せた。
「またお手紙ですか。あまり、こちらの手の内を見せるような事はしないようにお願いしますよ」
聞いているのかいないのかわからない背中に向かって怒鳴った。
「期待させないで」
「ロト、平和利ってスペルはこれで間違ってないかな」
ぐぬぬ…と額に青筋を立てているロトに、サウォークが荷物の上にのんびりと巨体預けたままささやいた。
「そんな顔すんな、察してやれよ。太子が思わせぶりなこと言うから期待しちゃってんだよ。ここで身を固めたらステップアップ間違いなしなんだから、しっかり補佐しろってことだろ?」
「こんな状態での嫁取りなんて無粋もいいとこです。カペルも都で見合いの舞踏会の一つも出来ていた方が良かったでしょうに」
「舞踏会じゃ相手にされないよ。公爵令嬢と平民では、いくら太子のお気に入りでもまとまらないや。今しかあいつにチャンスはないよ」
「気が乗らないように見えたのに」
「今はノリノリになっちゃってるじゃん。毎日、毎晩、お手紙のやりとりしてさ。辞書だぜ(笑)汗臭い野郎どもの真ん中にいれば、農婦だって可愛く見えらぁ」
ロトはため息をついて渋い顔をした。
カペルの生まれ育った遠い故郷は海沿いで、白い砂浜にイソシギが足跡を残す。茶色い可愛い羽毛に、胸は真っ白でふわふわしていた。
トゥアナの手紙を開いた時、カペルはその足跡を思い出した。繊細で綺麗な文字に、オレンジ色の鮮やかな蝋の封緘がかもめのくちばしの色のようだった。
蝋をはがすときには手が震え、胸がどきどきした。仄かにいい匂いが漂う。
ラベル公の娘、ソミュールの未亡人、恨まれているのかもしれないのに。
慣れないペンを握って、必死で書いた。
冷たくて事務的で高圧的にならないよう、あの可愛い小鳩の足跡を怖がらせないようにと注意する。怯えて飛んでいってしまわないように。
彼女の手紙に無駄な懇願や繰り言は一切なくて、正確な城内の状況をきちんと伝えて来た。ずるさや卑屈さは感じない。かといって誇りを振りかざす所もない。率直で繊細でまともに見えた。
出来る限りの短い返事が精一杯、それでも返事は来る。来れば書きたい。
一度だけ、長くなったことがある。
今は陣を森を抜けた荒野に敷いている。細々とした川が流れていて、ブドウ畑だった跡がある。あなたの言っていた木を見つけた。今は葉が落ちているがまだいくつか実をつけている…。
……。
カペルはトゥアナの手紙をテヴィナが無邪気にいじるのをそのままにさせていた。
このトゥアナを小さくしたような娘(外見だけだが)になら、かまわないような気がした。




