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ラベル・エラベット  作者: 天海 悠
回廊にて
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末娘 1

 






 西の塔と東の塔に分かれる境目の廊下で、ウヌワとイマナ(トゥアナの侍女)がもめていた。

 イマナは細い体を思いっきりそらし、あごを上げてつんとそらしていた。


「トゥアナさまは、アウナさまは西の塔にとおっしゃいました!」

「アウナにはアウナの部屋があるの!」

「でもトゥアナさまは!(以下同文)」


 物陰からのぞいてじっと成り行きを見守っている小さな頭があった。

 双子よりもまだ若い。まだ12歳程度の年齢だ。


 アウナが一歩前に進み出てウヌワの前に対峙したので、頭はさっと引っ込んだ。

 まだ男の格好をしたまま、手を腰に当ててかぶとも抱えている。

 真っ青だったが、大きな目だけが顔の真ん中でとりつかれたように光っている。


「アウナ、何なの?その態度は」

「もうあなたには従わない。ベルガがこの城の主人よ」

「子供のくせに生意気言わないで!」

「あなたはギアズの家に引っ込んでれば?」


 ウヌワが手近から何かを取って思いっきり殴りつけようとした。それが運の悪いことに火かき棒だったので、侍女たちは悲鳴を上げてウヌワにかけよって総出で止めた。

 それほど体格がいいわけでもないのに、日々の家事に鍛えられてウヌワの力は異常に強い。

 侍女が三人取り付いてやっと振り下ろすのを阻んでいた。


「やれるもんならやってみなさい。この城をわたしがいなくて仕切れると思ったら大間違い。ベルガだってわたしを粗略にはできないんだ」


 ずっと物陰から見守っていたのは、末娘のテヴィナだった。

 火かき棒が振り上げられた時にはきゅっと目をつぶり、おそるおそる開いてみる。大丈夫だったのを確認すると、ウヌワがこちらに戻ってくる前にそうっと柱から次の柱へと走った。

 ぺたぺた音が響き、自分で自分の足音にびっくりしてテヴィナは爪先立ちになる。


 洗い場では侍女たちが話していた。


「ベルガさまってほんとに超かっこいいよね。めっちゃ肌きれいかった」

「顔見てるだけで具合がよくなりそう」

「あんな絶対、都にもいないって!」


 誰もあたしなんか見ちゃいない。

 あたしだって好きにするんだ


 庭はひんやりして空には満天の星が輝いている。テヴィナは空に向かって手を伸ばして深呼吸した。

 それからびっくりして、ぴょんとまた爪先立ちになった。


 傷がたくさんあるいかつい軍人が一人、草むらに座っていた。

 怒られるかと思ってもう一度家の中に走りこもうとしたテヴィナだったが、じっと見ると彼はまだ若い。目が優しいと思った。

 テヴィナが何か言う前に向こうが聞いてきた。


「おまえ末の妹か、何歳?」


 テヴィナは答えない。

 彼はしばらく待ったが、もう一度聞いてきた。


「何歳?」


 娘は今度は元気よく答えた。


「十三!」

「子供だな」

「ウソ。ほんとはまだ十二」

「同じだよ」

「早く大人になりたいな」


 相手はテヴィナが少しとまどい、怪訝な顔をするほど彼女の顔を穴があくほど見つめている。







 何だこの既視感。


 カペルは末娘のテヴィナを前に、奇妙な感覚に捕われていた。

 大広間でやっとトゥアナを抑えたが、これ以上彼女がベルガに寄り添い、慰めたり触れ合ったりしているのを見たくなかった。

 酔った太子をやっと寝かしつけたロトが駆けつけ、サウォークが戻ってきて、大勢が落ち着いたのを確認すると背中を向けて庭に出る。

 さっきまでここにいた鼻を真っ赤にしていた可愛い女性がもっと小さくなってここにいる。

 黒髪、黒目、肌の色や、顎の線…そうだ、トゥアナによく似ている。


 テヴィナは不思議そうに聞いた。


「どうかした?わたしの顔、何かついてる?」

「姉さんに似ているね」

「ホント?あまり言われたことないけど、そうなのかな」

「似てるよ、とても」


 カペルは思わず言ってしまっていた。


「とても…可愛い」


 しまったと思ったのに、少女は沈んだ空気だった。


「そんなの言われたことない。一度も」

「そうか?」

「つまんないんだもん、私なんか」


 芝生に座って膝を抱える姿もそっくりだった。


「誰もあたしのことなんかどうでもいいんだ。優しいのはトゥアナねえさんだけ。でも忙しいから、あんまりかまってもらえないんだ。双子は意地悪だしウヌワは怖い。セレステはよくわかんないし、アウナはベルガのことしか考えてないし」


 テヴィナはカペルの手に、紙束が握られているのを見て不思議そうに覗き込んできた。


「それなに?だいじにしてるの?」


 カペルは隠しそこねて、テヴィナはあっという顔をした。


「これ、おねえさまの字だ。トゥアナねえさんからの手紙?」


 カペルは黙ったまま答えなかったが、テヴィナは明るい話題を見つけたようで寄り添ってきて手紙に触れた。


「ねえさんのだ」







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