真昼の夢 2
「カペルは 分かっていないのです 。結婚、特に貴族にとっての結婚の意味を」
廊下を歩きながら、ロトは不機嫌な顔を隠さなかった。
「向こうも必死です。特に貴族は耳障りのいい言葉を知っている。いい気持ちにさせておいて操ろうとしてくるに決まっています」
「田舎貴族のお嬢ちゃんだぜ。都じゃあるまいし、そんな手管を使うもんかねぇ」
「人間性の問題ではありません」
ロトは並外れて背が高く、強健で横に広いサウォークと並んでも決してひけをとらなかった。
「ある貴族が娘を残して死んだとします。家長権は会ったこともない甥にある。残された遺児は城を出ていかければならない。生まれ育ち、住み慣れた城でもだ。それが法律というものです」
「まあ、そらそうだ」
司祭の免許を持つ法学の専門家であるロトの生真面目な横顔をちらっと見ながら、サウォークは彼は四十も過ぎて今まで結婚なんて考えた事があるのだろうかと想像した。
法学のみならず兵法に至るまで、知識量はずば抜けている。
「だが甥は暗に娘を娶ることを推奨される。それが最も角を立てない、聞こえのよい相続の方法だ。そこ!何をしている!」
若くて可愛い金髪の侍女にしなだれかかっていた兵が慌てて居住まいを正し、目に涙をためていた侍女はサウォークに合図されて脱兎のごとく逃げ出した。
苦々しげにロトは吐き捨てる。
「これでは示しがつかない。まだ次の作戦か控えていると言うのに」
「あまり厳しくするとアレじゃね。なんで上は良くておれらはだめなの?とか始まるんじゃないの?」
「ダメなものはダメです」
サウォークは通り過ぎながら、おびえた様子の若い侍女たちにいちいち笑顔を見せ、手を振っていた。
ロトは険しい顔を沈痛にして続ける。
「見知らぬ男女、年も違えば容姿も微妙だ。お互いにね。絶世の美男美女ではないし好みも一致しない。だが男はまあいいかと思う。嫌いではないけれど好きでもない。そう。好きではないのです。我慢出来るというだけだ。恋愛というのは遊びなのですから家庭の中でするものではありません」
「いやな話だね」
「まったくです」
「ましてこっちを見たからなんて。彼女が八割おれに気があると思うのは、八割気のせいですから」
窓の外から降り注いでいた陽は、細く薄れはじめている。城の外に隣接する山々は緑深く、薄暗く、夜の気配が近付き始めていた。
「カペルは分かっていない。夢に取り付かれているのです」
サウォークは肩を揺らすと、同情的に言う。
「おれはつくづく、庶民で良かったと思うわ」
何人か聞き耳を立てている。
サウォークはロトの方に体を向けると真剣な面持ちで言う。
「だがな、途中までは全然、あいつも乗り気じゃなかったんだぞ?太子から話があった時なんて、すごく嫌そうだった。したら後は知らない、制圧がすんだらすぐ帰るだけだ、縁談なんざ興味ないって言ってた。途中までは」
「丘陵地帯を超えた頃から、おかしくなったんです」
「丘といや、彼女の旦那をやっちまったあたりだ。実は昔、どこかで一度会ったことがあるとか?」
「絶対にそんなはずはありません。長い付き合いですよ。確かにあの長女の母親は都出身で彼女を連れて来てはいたが、カペルとは会っていない」
二人は窓際に佇んで考え込んでいた。ロトがふと、頭を上げて窓から身を乗り出した。
「何ですかあれは?」
「騒ぎが起きているな。誰か何かやらかしたか?」
二人は走って西の棟へ向かう。
脚を動かしながら、サウォークがさりげなく聞いた。
「さっきの話、おまえのママかい?」
「母はどうしても嫌だったので結婚を拒んだのです。その日からはわずかな寡婦年金に頼りに狭い借家暮らしですよ」
いかつい肩の士官は笑った。
「いいじゃないか、お前は自慢の息子だろ」