庭園の中で 3
カペルはトゥアナの目の前にしゃがみこんで、石畳と半分むきだしになっている土の上に座った。
制服は泥らだけになり、とてもさっきまでのように主人公の気分とは言えなくなったがかまいはしなかった。
鼻の頭を真っ赤にしてズビズビ鼻水をすすっている彼女も、とても姫君とは見えない。
かえって気さくな、いつも仲間たちと寝そべったりだべっているときと変わらない気安い気分になった。
「アウナのことな…」
「何もおっしゃらないで。どうしようもないことはわかってますの」
カペルは耳をひっかいた。
世の中には本当にどうしようもないことがある。これまでの経験上わかっている。
替わりにこう言った。
「あの空気は嫌だよな。わかるよ」
「あっちになだめてこっちにいい顔して、できもしない約束、笑顔、それでこれよ!もううんざりですわ」
大人でも、体を小さく丸めて泣いている姿はまるで女の子のようだった。
そっと手を伸ばして二の腕に触れてみた。
避けられるか?
すると彼女の頭がこちらに近付いてきた。頬に髪に感触を感じる。トゥアナはカペルにもたれていた。
腕に押し付けた顔の下からくぐもった声が聞えてきた。
「みんな大嫌いですわ」
カペルは正直、この一瞬は何も話を聞いていなかった。
(し、し…幸せ~~~!!!)
「王宮でも太子さまと貴族たちに囲まれて、わたくしそりゃあ無我夢中でしたわ。適当に煙に巻いたり、雰囲気でごまかしたり、はしゃいだり、別のことを話してみたり…そりゃあもうあらゆることを一生懸命やってみたわ」
「それで?」
「やればやるほど気に入られるの!だけど絶対に嫌なことは避けられないのよ!もうどうしたらいいのかわかりません」
「アウナじゃなくて…心配なのは…あ…あ…あなたのことだ」
「わたくし?」
やらかしてる気がするぞ。
ばかのようになってぺらぺら言っていいことなのかどうかわからずにしゃべっちまうってことありそうだ。
ぎゅっと回した腕に力をこめてみた。
それから思い切って言う。
「ベルガは、あなたを好きだろ?」
「ベルガ!」
ぴょんと背中がまっすぐになって、トゥアナはこちらをまっすぐに見た。顔が近い。目が真っ赤だが、額にはしわが寄っている。
予想外の様子にカペルはびっくりして見守る。
(えっまさかあんなイケメンが好みじゃないとか…ありなのか?)
「ベルガはね。ご覧の通りとても見た目が素敵な貴公子で、小さい頃から知っているし気心も知れているのですけど…」
トゥアナは手を振って何かのジェスチャーで伝えようとした。
「何とも言えない空気を醸し出すの!」
「くうき」
「山の民の常識では、一度結婚したらキズモノですの。嫌な言葉でしょ」
今度はカペルは顔をしかめた。
「都ではそんなことないでしょ?何度も結婚するのわりとふつうだわ。おかあさまも離婚したけど普通に暮らしてます。けどね、いやなことばですけど…キズモノだけど、ベルガはまるで、私は心が広いから君を大事に思うから目をつぶってるって、そういう感じなの!」
「あーーー」
ないとは言えんな…。
「ムカつかない?そうまでして無理してもらって頂かなくて結構ですわ!って言いたくなるの」
若いし真面目だし。顔はいいし血筋はいいしな。自分の条件が完璧だからなー。出しそうだな~そういう空気。
誰でも選べるのに君を選ぶのはすごい、みたいな…。
そういう奴いるなー。確かに。
(でも…)
トゥアナの手紙に落としていたあの涙は本物だ。
言えなかった。言いたくない。
カペルは黙っていた。
「そりゃ、跪いて熱烈に愛を乞うて欲しいとまでは思いませんけど、せめて普通にしてて欲しいわ」
あの二人の間に流れるなんともいえない微妙な空気、心が通じ合って親しいからと思ってたけど違うのか。
もし、ベルガがそういうの全部振り捨てて、トゥアナひとすじになったらどうなんだろう。
おれは勝てるのかな。
「国のためだから結婚も一度は我慢しました。だけどもう結局、わたしは我慢できないの」
このお姫様はおれのこと、どう思っているのかな?
こうしてよりかかってくるぐらいだから、心は開いてくれてるよな?
もう一回、ちゅーぐらいしたいとタイミングをうかがっていると、細い手が伸びてきて、ぎゅうっと首ったまにしがみつかれた。




