真昼の夢 1
カペルは目を閉じて、トゥアナの顔をもう一度思い出そうとする。
彼女が穴があくほどカペルの顔を凝視するから、恥ずかしくてよく見られなかった。
「あっち…あちらが長女じゃなくて?」
広間で彫像のようなラベル家の娘たちを前に、副官たちにささやく。
トゥアナの後ろに控えている少し背の高い、顔は若いが髪がわずかに白髪混じりの女がいた。
「あちらは次女のウヌワ殿です」
副官のロトが答えて、白髪混じりの女はうなずいたが能面のように表情は動かさなかった。
腕にはしっかりとレースにくるまれた赤ん坊を抱き抱えている。
姉妹たちは服装の中にも思い思いに黒を取り入れていて、戦死した父親を悼んでいるのだろう。
それでも上から下まで真っ黒なのはトゥアナだけだ。
姉妹たちは、それぞれ独特に、とても美しかった。
華やかさに進駐軍の緊張がさらにとけ、背後で兵士たちが色めき立つのが手に取るようにわかる。
長女がずっとこちらを見ている。
カペルの横顔に食い入るほどの視線だった。
姉妹にも城の女たちもそれぞれ、涙のあとが痛々しいが、長女の瞳には訴えるような光はあっても涙はない。頬は乾いていた。
いくら広間での出来事をこうして思い描いていても、細部は思い出しきれない。
早く二人きりで話したい。
…私の気持ちはわかっているよね?と言ったら、お会いしたかったですわ、と返してくれないかなあ。
こうしていられるのが夢のようです。あなたをお守りします。
嬉しいですわ。あなたは思い描いたとおりのお方でした。
…なんて展開だったらいいなあ。
いきなり扉が叩かれた。
カペルは飛び上がってうろたえた。
「待て、待って、少し待って、まだ早い」
扉は無遠慮にバタンと開き、顔をのぞかせたのはカペルの部下の下士官の一人だ。
「なんだ、お前かよ!」
下士官といっても古参の一人なので、口調もぞんざいだ。
「服は脱いだ方がいいかと思いまして。着替えをお持ちしました」
付け加える。
「汗くさいですよ」
「ほっといてくれ!」
「ここに置いときますよ」
私服を一揃い、大きなラベル公の机の上に置きながら下士官は言う。
「あまり緊張しなくても大丈夫。なるようになりますよ。泣いちゃってもその時だけだ。女は現実的で、案外薄情なんですよ。真面目過ぎ。だってこっちは勝者の権利ってのがあるでしょ」
「出ていけ!」
「そう怒りなさんなよ。あの姫様もすぐ慣れますって。女ども、右往左往で大騒ぎしてますが、聞こえますか?」
カペルは窓際に近づいた。中庭越しに、かすかに喧噪が聞こえてくる。
「トゥアナが?」
「あの人妻はぁ落ち着いたもんです」
ほっとした。様々なわめき声が聞こえてきたが、切迫した様子はなく、女同士の口喧嘩のようだった。
怒りに満ちた女の声はカペルを不安にさせた。
「行った方がいいかな」
「ロト様が向かうが見えましたから大丈夫でしょ」
「向こうもナーバスになってるだろうな」
「そうですかねぇ?楽しそうでしたよ」
「いいから、出てけ!」
下士官の背中を押して追い出したが、色々言われてか不安が募ってきた。
(本当に話すだけのつもりが、やっばりやっちゃってもいいのかな?)
おびえていたら跪こう、と思っていたが、人妻だったんだからあんなに落ち着いているのかもしれない。
わかってますわ、子供じゃありませんもの、と言われたら、そんなつもりはない。お互いをよく知り合いたい…と言ってやろう。
しかし、パンツとまではいかなくても、せめて私服に着替えるくらいしようと、カペルは下士官が置いて行った服に手を伸ばした。
「見たことがない」
広げてみると、どうやら下士官がこの城のどこかから調達してきた貴族風の私服のようだった。
「けばけばしいな!」
嫌気が差して投げ捨てると、一緒に置かれていた手紙が落ちた。太子からの連絡書簡のようだった。
広げてみる。
──よくやったね、カペル。偉いです。
あとはがんばれ♡
カペルはくしゃくしゃにしてごみ箱に投げ捨てた。