太子 3
その娘が、アギーレが言ったように恋人と呼べるほど親しくなっていたかと言うと、はっきりしない。
にらみ合いのあとに物別れになった。山犬の一団は音もなく闇の中に消えた。
藁とサウォークの尻の下から息も絶え絶えののっぽの男を引っ張り出して、一同はしばらく彼と行動を共にした。
都近くの街に到着して、サウォークが昔の知り合いを呼びにやった。
ロトと呼ばれる厳格そうな司祭がやってきた。彼はのっぽの男の顔を見てはっとした顔をした。
別れ際に、のっぽの男カペルの手をしっかり握って言った。
「この恩は絶対に忘れない。カペル。お前はわたしの命の恩人だ!」
ラベル城はここの所、物資の流れも正常化していて、ろうそくもふんだんに明るく廊下を照らしている。
カーペットは洗ったものが敷きなおされていた。兵士たちがウヌワの命令で一緒になって洗っていた。
兄太子が亡くなって、弟が太子になり、跡継ぎの地位を確保してから風向きが変わってきた。今や彼の天下だ。
(こんなお調子者っぽい人だとは思わなかったけどな~)
「んっ?なに?わたしの顔に何かついてる?」
カペルはウキウキした表情の太子の顔を机に肘をついて眺める。
声をひそめて太子は言う。
「おまえがここの領主になってもいいんだよ?ほら案外似合ってるかもよ?考え直さない?」
考え直しますーって答えたら、たいした供も引き連れてきていないベルガはどうなるんだろう、とカペルは考えた。
ぶるるっと首をふって、カペルははっきり答えた。
「伯位だのやっぱり合わないし、奥さんはもらいたいけど…おれは今のままで太子にお仕えしたいと思っています」
気付かない程度の間があったが、太子は明るく答える。
「もちろんだよお前はよくやった。報酬は当然だ。でもまあ、爵位は用意するから受けてよね(さらに声をひそめる)やっぱりトゥアナの面目ってのもあるからさ!」
引き幕が上げられ、太子は派手に食器を倒して立ち上がる。
「トゥアナ!」
宮廷風に着飾った一の姫が現れた。
上品に深く礼を手をとってお辞儀するのを立たせると、太子はトゥアナをぎゅっと抱きしめた。
「トゥアナ~!つらかったでしょ。よ~しよしよし」
「どうしてこんなことになったのかわかりませんの」
太子の胸に顔を埋めて、肩の上でうつむいた後ろ頭が震えていた。
「太子さま、父は傲慢で頑固で不遜でしたけど、弓を引くつもりなんて毛頭ございませんでした!」
太子はどこから出ているのかわからないような甘ったるい猫なで声を出した。
「わかってる、わかってるって。ぼくがわからないわけないでしょ?」
トゥアナは目を真っ赤にしてハンカチをかみしめている。
「ソミュールなんて、最初から最後まで和平を願っていて…正規軍との話は自分が引き受けるとまで言ってましたの」
えっ?あれが?
「ぼくもさ~びっくり!」
カペルは憤懣やるかたない顔でロトに抗弁する。
「こっちがびっくりだよ!だってあいつ奇襲かけて…」
「シッ!黙って!!」
「エグルに罰は必要だと思ってた。そうじゃないと示しが付かない。けど…」
いきなり太子はくるっと振り向くとカペルの首をがしっと掴んで頭をげんこつでぐりぐりした。
「こいつ!こいつがさあ~!先走っちゃって!!もうこいつ勲功上げたい一心でさー!可愛い子がいっぱいいるから」




