太子 2
軽装の夜盗じみた一団が駆け寄って来た時には、そこに泥だらけののっぽの姿はもうない。
こちらも軍の一部隊とみて、剣をおさめ慎重に近づいてくる。
もし警戒態勢を取っていなければそのまま襲われていたかもしれない。
「お前たち、正規軍の下っ端だな」
リーダーらしきいかつい山男が進み出て詰問した。
「ここに男が一人逃げて来なかったか?徽章をつけていない、ひょろっとした男だ」
「知らねえな」
「隠しているな?」
「隠す?探してんのはおれたちの方だ」
カペルは前に進み出た。
目は憑りつかれたようにちろちろ炎が燃えていて、声は暗く陰にこもっている。
「昨日、ここで行商人の一団が逮捕された。スパイの疑いで全員が連行されたが、護衛した部隊が襲撃され商人たちも殺された。何か知らないか?」
相手は黙って顔と顔を見合わせている。
詰問したつもりが逆に尋問に合って、お互いに無言のまま突っ立っていた。
いやな空気が漂う。
「いや~、降られた降られた。これじゃ雨で足跡も消えちまうわ」
後ろから大声を出しながら大股で戻って来た大男に、一団は警戒を強める。
サウォークだった。
「隊長!」
「サウォーク隊長」
サウォークはその巨体で、泥まみれの男が隠れている藁の山の真上にどかっと座った。
「ぎゅっ」
と藁のしたから奇妙な音が聞こえたような気がしたが、それきりだった。
「カペル。これを」
サウォークがカペルに渡したのは指輪だった。
無言のままじっと手の中の貴金属を見るカペルに、サウォークは思いやり深く言う。
「ごめんな。それきりしか持ってこれなかった」
少し言いよどむ。
「もう埋められてて…な」
「ありがとう。隊長」
サウォークはいかつい集団に向き直る。
「お前らモントルーの山犬どもだな。雇われ傭兵だろ。ここで何をしてる、あの子は仲間じゃないのか?」
「殺ったのはこいつらだ」
出し抜けにカペルが指をさした。激しい声だった。
糾弾された男たちは無言のまま答えない。
埋められた。指輪。あの子。
その言葉にいっさいの動じる気配がないことが、関係性をありありと示していた。
山犬のリーダーが口を開く。
「喧嘩はよそう。おれたちは男を一人探している。これは太子さまの命令で正式なものだ」
「あー、それ知ってる。武闘派の弟のことだろ」
「弟?太子の弟か」
「急進的で、元老院の縮小を謀ってにらまれてんだよ」
「知らねえわそんな奴!それよりなんであの娘を殺したんだよ!こっちにも関係ない話じゃねえんだよ!」
山犬は少しだけためらった。
「一つだけ言っておくが、あれは仲間うちの処分だ。口を出される謂れはない」
「スパイの仲間ならお前らもスパイってことだ」
「我々のしきたりだ!勝手なことをしたからだ。処分は我々で下したのだから解決している」
アギーレが前に飛び出して剣のつかに手をかけた。
「やっちまえ、カペル!仇討ちだ!てめえの恋人殺されたんだろ、傭兵連中をやったからって罪に問われるかよ!こっちは正規軍だぜ」
全員がカペルを見た。
サウォークも止める気配はない。
カペルはゆっくりと地面に指輪を置いた。
戦闘になったら、この泥まみれの男は見つかってしまうだろう。
「お前らの顔を見ていたくない。男なんて知らない。今すぐここを出発しなけりゃ、お前ら全員すぐにあとを追わせてやるよ」




