広間の扉が開くとき3
「ねえカペルは何歳になったんだったっけ?」
三ヶ月前、王宮の一部屋で太子のもの柔らかな声を聞きながら、カペルはこの質問、最近どこかで聞いたなと考えた。
カペルは王宮の一室で、反乱軍掃討の下命を拝していた。
「ただの小競り合いじゃないんですね?」
若干あけすけなカペルの言葉を、後継と目される二番目の太子は笑顔で楽しんでいる。
カペルは顔をしかめた。
(ラベル公も何でそんな自殺行為を?)
公爵は豪傑だがとにかく、旧体制派のワンマンだった。
独裁と言ってもいい。
貴族と言うより典型的な田舎豪族で、最近は絶えて都にもめったに現れなかった。
宮廷とのコネクションも最近は途絶えている。
隣に彫像のように控えるロトが口添えをした。
「もともと、隣接する自治区から救援要請は入っていました。武装した農民たちがうろつき、敷地内に櫓を組んで小屋を築いている。近隣住民は追い立てられ、家も土地も生活の糧も奪われてしまったとか」
「あの辺りは境界線など曖昧で、あってないようなものだろ」
「ま、それはそうです」
太子の視線は、ずっとカペルの表情の変化を追っていた。
宮廷人は常に笑顔を崩さないが、それにしても機嫌がいいなとカペルは思う。
うきうきしているようにさえ見えた。
反乱の話をしているというのにだ。
さらっと苛烈な処分を口にした。
「息子もいないことだし、ラベル家はこれで断絶させる。一族の処遇は追っての沙汰だが、近親者は捕縛して都に送る。まあ、基本はそんなところです」
カペルは戸惑いを隠せない。
「ラベル家を潰して、統治は誰にやらせます?」
「カペル、お前がやってみたら?どう?」
太子の唇にあった笑みがさらに深くなった。
頬に皺が動いて波打った。
ロトの視線が動いたのを感じた。
カペルは思うように返事をすることが出来ない。
「この仕事を無事にすませたら、お前にもやっと伯位の一つもやれる。ラベル家には娘が多いよ!」
(ここで太子は声をひそめてカペルの耳に囁ささやいた)
「しかもね、かなりの美人ぞろいです!」
生き残っていたらの話だと、カペルは考えた。
太子はあくまで笑顔で言う。
「好きなのを選べばいい。でもお前は実直だから、そんなのは嫌で私のもとに戻って来たいならそれもいい。後継者の選定も進めるよ。まあ、懐柔できる見込みのある有力者がいれば、条件付きの自治を一時的に認めてもよい。そんなとこかな?」
カペルは直立して頭を下げた。
太子の背は抜きん出て高くロトと並んだ。
宮廷人が皆長身というわけではなく、この二人は特別に遠くからでも目立つのだ。
たいていの人間は子供のようにうつる。
太子は手を伸ばしてカペルの肩に手を置いた。
「お前に任せる。それこそ、ラベルを説得できると思うならやってみなさい。ま~、まず、無理だろうけどね」
それから三ヶ月が経過し、ここにきてラベル公領地の心臓部を押さえたとはいえ、まだ戦いは完全に終わってはいない。
命令書を読み上げてから、娘たちを前にロトはこういってしめた。
「明日はモントルー地方へ、残存勢力の掃討予定です」