帰投 1
「正しいことじゃないんだよ、カペル。生きていくことがすべてだよ」
その頃カペルは、街の川沿いでぶらぶら足を揺らしながらふくれっ面をしている少年だった。
横に座っていまの台詞を言ったのは彼の叔父だった。
今にして思えばあの頃、叔父はまだ若かった気がする。
ロトやサウォークとそれほど変わらない。
「だから今度落第したら、一年は小遣いなし。おまえは勉強する。落ちてもおれは出費が減るこれが経済」
「ほんとクソですねおじさんは」
「はっはっは」
叔父は本気なんだかわからない笑い方をした。
「じょうだんじょうだん」
それから、ひとり言のようにつぶやいた。
「ツボさえ押さえてりゃあ、悪い方にもよい方にも流れても何とかやってけるのさ」
あの時に叔父から流れてきた奇妙なあたたかさを、カペルはそれまで誰からも感じたことはなかった。
大声をあげてテントに入ってきたアギーレにカペルは気を取られた。
「いいコネがあるんだよ。都とのコネだよ?」
「コネとは?太子は天敵だぞ?」
「商人だよ商人!今は商人の時代だよ?お前らいつまでも頭が固いんだよ!」
ベルガの側近の老人の首に手を巻いて、大声で話している。
あけすけな彼の性質は真面目なモントルーの民をペースに巻き込んでいる。
「何してんの?カペル」
羽ペンを片手にテントの中、難しい顔をしているカペルをアギーレが後ろから覗き込んだ。
「またかぁ?もうラベルの城下街はすぐだぞ。すぐ会えんじゃん、まだお手紙書くの?どんだけ必死なの?」
「…おじさんに書いてんだよ!うるせえから黙ってろ」
「おじさん?」
アギーレははっとして周囲を伺い、カペルの手元を凝視した。
「マジでか?おじさん元気なん?」
「まあ」
「お前らそういや、同郷だったんだよな」
サウォークがロトがいてはとても出来ないようなだらしなさで寝ころびながら言った。
もうラベル城はすぐ眼下に見えている。
今日の夕方には着くだろう。
「家族からの手紙なのか?」
ベルガがあくまで生真面目にたずねた。
アギーレが答える。
「こいつのおじさん。商人の中でも割と元締みたいなすごいおじさんなんだ。死んだ父親代わりなんだよな。養子になるんだっけ、なったんだっけ?」
カペルは答えない。
「そんで面白いの。年下の兄貴がいるんだぜ。養子になったけどこいつの方が年上だったの」
「兄貴の話やめて」
「カペルは嫌がるけど、すっげー面白い奴なんだぜ」
「マジでやめて。あいつの話聞きたくないから」
「それで急にどしたん。おじさん」
「結婚するって」
「はあ?おまえが?え?おじさんが?誰と?」
カペルは答えないまま、短めに走り書きした手紙を乱暴に封筒につっこみ、封をするとアギーレに渡した。




