打ち明け話 3
モントルーの砦に向かう坂は急激に傾斜が増して、馬は使えなくなった。
サウォークが息も絶え絶えになっている。
「ちょっとそこだって言ってたのに話が違うくねえか。ここ厳しくないか」
副官を振り向いてアギーレが笑った。
「おまえちょっとふとりすぎなんだよ」
「おれがふとりすぎなんじゃなくて山道が険しすぎる。それにおれはふとってない!大きいだけ」
それから、サウォークは聞こえないようにささやいた。
「ここを前衛基地にするのは無茶ぶりだろ。都は何もわかってねえ」
「演習場には使えそうだけどね」
ベルガを単身ラベル城へ伴う提案に対して老人が出した条件は、カペルも単身で一旦モントルーの砦に訪れることだった。
木々の間から所々に見えるびっくりするような険しい岩地に山羊が草を食んでいる。
ベルガが指さした。
「この峠を越えればモントルーだが、安全ではないぞ。隣国との小競り合いがここのところ頻発している。見ろ、あそこに小屋を建て、旗を所々に立てているだろう」
「あの旗の下に引っかかってるボロっちいのは?」
「敵国の帽子、ハンカチなどの持ち物だ。この土地を守った印として掲げている」
ベルガは誇らしげに宣言する。
カペルははっとし、それからわずかに顔を歪めた。
「私の名前は百舌。ハヤニエをする」
「ふーん。あーはいはいかっこいいね」
「わたしは嬉しいのだ!」
ベルガは歩いているカペルの肩をぎゅっと抱いた。
カペルはびっくりして大げさにのけぞるが、相手はまったくお構いなしだった。
「都の人間はみな、どいつもこいつも陰険で嫌味な奴ばかりだ。そう思っていたのにお前のような人間がいて…」
(どうも調子狂うわ)
「カペルさん、ベルガ、早く!」
前から鈴の音のような声がして、アウナはひとりかるがると山羊に乗って前方を走っていた。
あぶない、とたしなめるベルガの後ろで部下がカペルの耳元に囁いた。
「鞍をつけていませんよ」
ちょうど少女を抜け出して女性になったばかりの体、背が高く人一倍細くて目立つセレステとは違って、背丈も体格も丁度よく清楚さも失わず、一番美しい年頃を謳歌して花開いたばかりの風情だ。
小鹿のように健康で、少女時代を過ぎると出てくる女性特有の重たさやべたつきもまだ見えない。
ベルガがカペルを振り返った。
「お前、この中央とエグル・ラベルとの争いがどうしてはじまったか知っているか?」
「ラベル公の専横からだって聞いてるよ」
「すべてはあの子の縁談から始まったことだ」
トゥアナのことを言っているのかと思ったが、ベルガの視線はまっすぐ、山羊に乗って笑ったり歌ったりしている少女の方を見ていた。
「アウナ…?なのか?」
「あの姉妹は全員母親が違う」
「それは聞いてる」
「ウヌワの母親は城の小間使だ。これが原因で最初の奥方はトゥアナを連れて家出した。随分もめて、離婚したときにはセレステが生まれていた。相手は城下の踊り子だ」
カペルは額に指をあてトゥアナの横にいたはずの背の高い色っぽい姫のことを思い出そうとしたが、うすらぼけたように記憶は定かではない。
「いつまでも奥方なしではいられない。皆で相談して、モントルー一族からアウナの母を嫁がせた」
アウナがこちらに山羊の鼻面をむけて手を振っている。
ベルガは片手をわずかに上げてそれに答えた。
「だが彼女もアウナを連れて山に戻ってきてしまった」
「無理もねえわ。節操なさすぎだろ。それだけ取っ替え引っ替えじゃね」
ベルガは至極真面目に答える。
「エグルは跡継ぎが欲しかったように思う。わたしに対抗するために」
この地区に入ってからカペルが奇妙に無表情で固い顔をしているのに、背後で見守るサウォークとアギーレは気付いていた。
当のベルガは話に夢中になっている。
「エグルは都の口出しを特に嫌った。奴らはいつも我々に何らかの受け入れがたい縁を押し付けて来る!」
アウナを穏やかなほほ笑みで見守っていたベルガの顔が厳しくなる。
「最初はトゥアナの都の貴族との縁談。エグルはことわり隣国のソミュールに嫁がせた。ラベル地区の力を強めるためにな。次に王宮が命じて来たのはアウナの相手だ。六十だぞ!?信じられるか?老人だ!嫌がらせにもほどがある。どちらもこの土地にとって大切な娘たちだ!」
「他のは違うっていうのか?」
ベルガは当たり前だと言わんばかりの顔をする。
「立場が違う。どちらも正室の娘だ。双子はいつの間にか増えていた。部下の娘との間にな」
「わっかりやすいなー」
「一番下のテヴィナなどもっとひどいぞ?エグルは突然赤ん坊を連れて戻ってきた。母親はわからない」
「そこまでいくと逆に立派だよ!」
「アウナの母親は結局早逝した。女手が足りなくてね。私たちが総出で悪戦苦闘しながら赤ん坊の世話をした」
アウナの高い歌声が聞こえてきた。
時渡りの船が
雲の上を行く
山の先だけ
浮かぶ
月明かりが照らすのは
一面の
白い海と
山羊の声
「トゥアナが気にして乳母をよこしてくれて頻繁に訪れてくれた。長逗留をしてあの平原にテントを張ってアウナのためにキャンプをした。あの空を見上げながら」
眼前には澄んだ湖と青い大地、小さくトゥアナのいるラベル城までがすべて見渡せる。
「美しいだろう。こんな景色を都では見ることは出来まい。アウナは私とトゥアナが二人で育てた」
ベルガの目は、アウナを追いながら別の何かを見ているようだった。
「わたしたちの宝なんだ」




