誘惑 3
「セレステ、私はあなたのような美しい女性は初めて見たし、このお誘いに乗りたいのは山々なのですが、時期が悪い」
思い切って体を離し、ロトは両手でセレステの手を取り押し頂いて唇をあてた。
「今は駄目です。すべてが終わってもそれでもまだあなたの気が変わらなければ、その時は喜んでお相手いたしましょう」
セレステは、ロトが唇をあてた手の甲をじっと見ていた。
「そう」
すっと立ち上がると窓の方に行った。
「いい人ね。あなたいくつなの?」
「若く見えますか。もう38なのですよ」
ロトは冷や汗のあとを寒く感じながら用心深くたずねた。
「トゥアナさまとソミュール伯の夫婦仲は破綻していたのですか?」
「破綻してたかどうかはわからない。寝たことがあるかって話なら誰も見たことないからわからないじゃない」
「………」
「わたしだって同じだわ」
皮肉っぽくあけすけな物言いに憮然としているロトに、セレステは多少真面目になって言った。
「もうね、男たちがやってる戦争、権力争い、領地争い、心底、どうでもいいの。もうやめてほしいわ。それがわたしの本音。でも山の民は大っ嫌い!」
「ギアズと同じ事を言うのですね」
「そうよ。アウナはいいわ。山の民の血を引くおとめですもの。私なんて雑なものよ。ふしだらな女ですからね。ウヌワの味方もしたくないけど、おねえさまの苦労なんて水の泡になっちゃえばいいと思ったりもするわけよ」
その投げやりに見える言葉から、彼女の抱える思いが伺い知れたのでロトは立ち上がって彼女の傍に行った。
「素朴で善良、正直を美徳とする人々はそんなものです。都合を使い分けて搾取された側をさげすむのです」
「あらいやだ、そんなに真面目になられちゃ困るわ」
「つらい思いをしてきたのですね」
セレステはこの二十も年上の厳しい顔をした男の顔をちらっと見た。
ロトの言葉には優しさがこもっていた。
このやけに色っぽい美人の娘が部屋からいなくなったとき、ロトはぐったりと疲れて机に手を付いてため息をついた。
切り抜けた自分をえらいと思った。
(据え膳を食わないのがこれほど難しいとは思わなかった)
今までサウォークや兵士たちを断罪しては散々ばかにしてきたが、あやうい所で自分がまないたの上の鯉になるところだ。
しかし、セレステには色気や美貌だけでなくて、どことなく投げやりですべてをあきらめた悲しさが漂っていて、笑顔の裏に隠そうとしている。
(反モントルーとなる味方が欲しいのだろうな)
ロトはさっきまでしっとり濡れたような指が置かれていた手をさすった。




