誘惑 1
ロトはのけぞっている。
「少し…待って。ちょっと…近いです。セレステ殿…その…」
「なぁに?ウフフ…」
セレステの手が伸びて太ももをさすっていた。
「と…ところで…前領主様の葬儀は執り行われたのですか」
「内々に」
「いけません…お父様なのですから…きちんと…しないと…」
立場・状況・職業・世間体・見栄・好み・本能…。
立場・状況・職業・世間体・見栄・好み・本能…!
たくさん頭の中でぐるぐる回ってははじける風船を必死で叩き落としながら、ロトはこの娘が彼を誘惑しに来る理由を必死で考えていた。
わたしを篭絡してどうしようと言うのだ?
何の得がある?
まとわりついてくる白い手をどけようとして触れると、しっとり吸い付くような張りのある肌で、あまりの気持ちよさにぞーっと背筋が総毛立った。
そのとき、城の塔の鐘が鳴り響いて汗だくのロトは気が付いた。
祈りの時間だ。
神よ!
ロトは思い出した。鐘楼の下の中庭をジョギングしていた時にもれ聞いた小さな噂だ。
その時には気にもとめていなかったが、仕方ない。
「セレステ殿…わたしはとても、伯爵の替わりにはなれそうもありません」
間近に迫っていた大きな目が少し細まり、すっと離れた。
ほっとしたのと同時に正直惜しいと少しだけ思ってしまった自分がいる。
背中には汗がだらだらだった。
だが体はまだ密着したままだ。
指がロトの胸元をいじった。
「お話したいことがあるって言ったでしょ?」




