押し問答 3
半ばヤケクソだった。
馬鹿と思われてもかまうものか。
ちらりと大丈夫か、あとには引けないぞと警告が走る。
だが後悔はない。
ゆすぶられながら目が覚めたとき、寝起きの目をこすって可愛いあどけなさを見たときに、もう後には引けないと決めたのだ。
ベルガは唇をかむ。
「そうか、わかった。仕方のないことだ。彼女も覚悟はしている。お前を信じて任せよう」
噛み締めながら言った一言一言が、喉元にナイフ突き付けられているようで、一言で言えばやりにくくなったことこの上ない。
おれは彼女を買った。彼は彼女を売った。
これは取り引きだ。おれには爵位のメリットがある。
彼は公位を受け継ぐ。争いを平和におさめられる。
興奮で胸がはち切れそうなのに腹はちくちく痛い。
嫌われたくない。
どうしようもない周囲の思惑や政治の渦の中で、妙な覚悟をして欲しくない。
ただ嬉しそうに、ただ自然に、それが当たり前のように迎えて欲しい。
満面の笑みを自分だけに向けて欲しい。
欲しいのは爵位じゃない。そういう柄じゃない。
ロトやサウォークが望んでいるのはわかる。ずっと道中を共にした部下たちのこれからがかかっている。
けど本当は出世なんて大して興味ない。貴族のお姫さまを手に入れたいというのも違う。
あの子がいいんだ。
握手する二人を見ながら、アギーレがサウォークにささやく。
「これは何?おさまったの?」
「まあ、多分な」
「ロトがまたヒステリー起こさないかな?」
都の一室で話していた時のことだった。
「カペルは危うい。言うことやることが危なっかしすぎます」
ロトはサウォークに向き直る。
「トップの素質って何だと思います。リーダーシップですか。鋭い頭脳ですか?」
サウォークは肩をすくめる。
「判断力ですか。違います。運です。運が付いている人に人は付いて行きます」
ロトはカーテンを少しだけ開けて外をうかがう。
「カペルには運がある。太子を助けたのも、偶然にあの場に行き合わせたのも、私たちと巡り合ったのも運です。私たちがカペルを好きになったのは人柄でしょう。運は実力です。カペルでなければ太子の目には止まらなかった」
気難しい顔で腕を組みながらサウォークがひとりごとのように言った。
「ロトがな、言ってたんだ」
「ですがこれから運に見放される時もあるでしょう。その時にどう行動できるか、それは本人自身の力なのです」
幕の外で、アウナの黒い大きな目がちらっとのぞいてすぐ消えた。
外で息をつめて成り行きに耳をそばだてていたようだった。




