ロトの災難 3
セレステは簡素な服装だったし、用意されたのはきっちりと整って簡素な、居心地のいい空間だった。
妙に酒瓶の並んだけばけばしく艶めかしい雰囲気ならば、断固その場で切って捨てる勢いで断るつもりだったロトも、心が動いた。
読んだようにセレステは、今度は打って変わったさばさばとした切り口上で付け加える。
「お話しなければならないこともありますし」
ロトはしぶしぶ腰を下ろして、パンに手を伸ばす。
さっと横からバターが差し出されて、さっき酒をそそぐのを見たセレステの白い手が間近にある。
サウォークと変わっていればよかった。
ロトは思う。
今頃、交渉の場に当たっているだろう。
だが能天気なサウォークでは心もとない。
カペルはたまに、何を仕出かすかわけがわからない時がある。
しかも相手はベルガ・モントルー。
当然あるべきラベル公の地位を若さゆえに亡きエグル・ラベルに奪われた。
さらに幼なじみで恋仲と噂のトゥアナ姫とも引き裂かれ、ソミュールに横から取られた男だ。
どうして思いつかなかったのか。
ロトはぞっとした。
あのカペルとの一夜のことが、既にベルガの耳に入っていたら一体どうなるのだろう。
私としたことが!
サウォークに注意すべきだった。
今からでは書簡も間に合わない。かといって伝書鳩もどうか。
「何を考えていらっしゃるの?」
ぎょっとするほど近くにセレステがいた。
大きな目とまつげが濡れたような光を放っている。
ひじかけに腕をかけて、あからさまに触れて来ないが体中で示している。
飛び回って書簡にまみれているようなトゥアナとも、家政婦を偉くしたようなウヌワとも違い、健康的な美少女のアウナとも違う。
このとびきり美しい三の姫には蠱惑的な何かを醸し出す雰囲気があって、本人もその効果をよく知っているようだった。
ロトの筋肉が緊張した。
下半身が反応しているのを感じて、ロトは一心不乱に口の中で祈りの言葉を唱え始めた。
精神統一、心頭滅却すればどんな煩悩も断ち切れる!
人は理性で生きるもの。
感情に流されてはならない。ならない、ならない…………。
大きな目がどんどんこちらに近付いてきていた。
これはヤバい。
決して禁欲生活一本やりでなかったとは言え、かなり長い間ご無沙汰で過ごしてきた。
ちょうどうるさい連中がいなくなり、気をふっと抜いた所だ。
ロトは心の隙を突かれたことをわかっていた。
何をすると突き放すには、彼女は美人すぎ、どこからどう見ても超一流の素晴らしい身体つきすぎた。
大きな目と突き出した小さな赤い唇が動いた。
「わたしがここに入るのを見た人は誰もいないのよ」
ロトは心の中で叫んだ。
サウォーク!助けなさい!
ああ、私があっちに行ってれば良かった!!




