回廊にて 3
一通りの儀礼的な城の無条件明け渡しを終えれば、モントルー地方の制圧が終了次第、新しい指導者を決める段階に入る。
(王は自治は認めると言われているのだから、最初から素直に聞いてうまくやりゃいいのに。都の有力者に鼻薬でも嗅がせてさ)
若くて意気盛んなカペルは皇太子のお気に入りで、南部戦線の時に部下になってからの仲だ。
平民出の彼が、伯位をもらい領主になれればたいした出世だった。
僻地だから都の真ん中で政治闘争に目をぎらつかせている連中を逆撫でることもない。
足を下ろしたサウォークは机に肘を付くと真顔で聞いた。
「カペルお前、いくつになった」
指揮官はさすがにふさいだ耳に置いた手はおろしていて、しびれたのかしきりと振っては顔をしかめていた。
ロトが代わりに面白くなさそうな顔で答える。
「24でしょ」
「わっか!若い若いねぇ~!24かよ、かぁ~っ!青春真っただ中!」
「知ってる癖に聞くな」
「長女はいくつ、ロト?」
すべての情報を頭に入れている博識なロトは、間髪入れずに解を出す。
「27だと聞いています。つい先月ソトの戦闘で夫のソミュール伯が戦死。父親のラベル公は自刃です」
「父親と夫を同時に失ったわけ!悲劇よの~、しかも憎い仇敵に妻に望まれる。悲運の未亡人の色気、背徳の匂い、わかる。わかるよカペル。ちょうどそういうの憧れる時期だよな」
カペルは心底うんざりした顔をした。
もうこの姑だか舅だかのよってたかってあれこれと、もうそろそろ限界だ。
サウォークは畳み掛けてくる。
「けど結婚となったらこれはどうよ?もうちょっと慎重になってみてもいいんじゃねえの?太子がいくらどれでも好きなのを選んでいいって言っても、暗黙の了解っつうかあるだろ。伯位が欲しくて公女を嫁にするなら、お前が選ぶべきのは、あの中で、(サウォークは指を上げて折って数えた)その一、独身。その二、若い、すれてない。その三これはまあ望めればだけど、素直でおとなしい。その四これはラッキーならだけど、美人な奴。長女と次女は最初から対象外なの。次女は子持ちだし」
言葉が次々に突き刺さって、カペルはもう何を言っているのか自分でもよくわからずに、足を踏み鳴らして喚き立てた。
「関係あるか!しかもこっちを見た目付きはそれほどショックは…」
「あのな~、未亡人てのは微妙なんだよ。とりあえず、おれらは彼女らの父親をぶっ殺した。結婚話出すのに娘らにはそれだけでもハンデなのに、旦那までぶっ殺してりゃ、ハンデが二倍だ」
カペルは黙った。
「古参の荒くれどもなら、行け行けやっちまえって言うだろうが、太子の手前ちょっとまずいじゃないのか?この土地をお前がこれから何とかするなら、あまり民の心象も逆撫でしない方がいいんじゃねえのってことだよ」
どうよ!この完璧な長口上。
どや顔でロトを見ると、目を閉じてしきりとうなずいている。
カペルはむかっぱらを立てて今度は腕を振り回した。はたから見ればだだっ子にしか見えない。
ちょっと一部隊の指揮官として部下たちにはとてもお見せできない姿だった。
「だから違うって!ちょっと話をしたいだけなんだって!!」
「もう遅いですよ、サウォーク」
苦々しげにロトは口を曲げる。
「呼んじゃいましたから。今日は城中、明日には領地中の噂ですよ。」
「だから早く返すって。パンツどころか剣も抜かないボタン外す時間もない一瞬でかえす大丈夫。無血開城だって彼女の主導だったんだから、感謝してるってその話をしたいだけ!」
「そんなの普通に皆の前で言えば良かったでしょ!不用意な発言をしてはいけないと常日頃から――」
カペルは無理にこの年長の副官と補佐官の背を押して、部屋から押し出した。
「うるさいうるさい!もういいから出てけお前ら。中央への報告書も書かなきゃならないし、時間ない。あの子だってすぐに帰せば問題ないだろ」
鼻先で閉じたドアの前で未練がましく立っていたロトの袖をサウォークが袖を引っ張って、長身の副官はしぶしぶ歩き出した。
「あ」
「何?」
「書簡を渡し忘れてました」
「開けるかねえ」
戻ろうとした二人の鼻先でドアがバタンと開き、紅潮した面持ちの若い指揮官が顔を出して、
「なあサウォーク、美人って言ったよな?やっぱり美人と思うよな?」
ロトがその顔に書簡を叩きつけ思いっきり音がするほど閉めたので、部下の何人か何事かと走ってきた。