対面 2
アウナはまっすぐに軍の中に走り込んで行き、モントルー軍の誰一人、止めなかった。
自然と人波が分かれて道を作るので、その後をギアズと画家、士官は共に付いて行った。
最初からわかっているかのように、アウナは中央に鎮座している一番よい鎧を着た男の胸に飛び込んだ。
「ベルガ!」
「無茶だ、アウナ。どうしてこんな所にいる?これから戦闘になるんだぞ」
「だからでしょ。会いたかった、会いたかったわ」
モントルー公の胸にすがりつき、アウナは子供のように泣き崩れていた。
見守る周囲の目も温かい。
「どうせ死ぬのなら、一目だけでも会いたかったの」
伝令の方を向き、アウナが答えた。
「お姉さまが手紙を書いているはずよ」
「内容は?」
「私にもわからないの」
アウナの顔が歪んだ。
「ずっと何を書いているのかは教えてくれなかった、この私にもよ」
モントルー公の隣の男が、厳しい顔でギアズに向かい問いただした。
「貴様は、トゥアナさまの手紙を持参しているのか?」
ギアズはかちんこちんに凍り付き、画家も答えないので士官が代わりに答えた。
「亡きソミュール伯爵、その夫人の書簡につきましては、モントルー公に直接手渡しすると、エラベット将軍からのご伝言です」
「直接?わたしに?」
ここで拒否すれば、そのまま開戦になることはわかっていたから、さっと周囲に緊張が漂った。
「アウナ、トゥアナは自分で書いたのか」
「ええ」
「一人で?」
「いいえ、司令官の部屋で。二人きりでいたわ」
すっと影が降りてきて、周囲の雰囲気が一気に暗くなった。
何てわかりやすい人々だろう、と士官は考える。
一喜一憂、いちいち、おおぅ、とか、ああぁ、とか声が漏れる。
緊迫した一幕なのに思わず笑いたくなって、こういう所が抜け目ないギアズたちのようなおちゃらけ外交で雰囲気を作るタイプの人々とは合わないんだろうな、と考えた。
感情が読めず能面のようだったソミュールや城の人々とは大違いだ。
カペルはそこまで聞いて、ゆっくり尋ねた。
「で、モントルー公はどんな野郎だった。話は通じそうか?」
「うーん、そうですね」
士官は考える。
「ちょっと雰囲気がトゥアナさまに似ていました」
サウォークが眉を寄せる。
「へえ、じゃあ元気な男前?」
「まあね。男前の部類かな。司令、そんな事関係ないですよ。司令だってイケメンじゃなくてもいい感じなんだから負けてないでしょ」
「余計な事言うな!続きを話せ!」
ベルガはアウナの身を気遣っているようだった。
「所持品検査などはされていないか」
「してないわ。みんな、親切で丁寧だったわよ」
「トゥアナは何か私に託さなかったか」付け加えた。「手紙以外に」
アウナは首をかしげる。
「小箱とか、包みのようなものだ」
「ないわ。本当よ。なあに?お父様の形見とか?おねえさまの贈り物?」
ちらっとベルガがこちらを見る。
サウォークは聞きながら、困惑した表情でいた。
「何のことだ?」
カペルの胸に下げた袋が、急に重くなったような気がした。
血の気の多そうなベルガ配下の一人が口を出す。
「無理強いされて書かされた手紙など、読む価値もない。ベルガさま、このまま戦闘態勢に入りましょう」
「ベルガ!」
少女の声で周囲が我に返った。
アウナは公の袖にすがって見上げて言った。
「お姉さまが脅されて手紙を書かされたりする人じゃないこと、一番よく知ってるでしょ。皆!お姉さまを知っているでしょ。正規軍だってちゃんとしてる。城も城下も静かなのよ。ウヌワの言うような略奪や放火なんて何も起きてないわ、嘘なのよ。あの人はいっつも、脅かしてばかり、嘘ばっかり!」
トゥアナの書簡の内容を皆が知りたがっている。
「将軍は、すぐに私をここに送ってくれた。あの人は口を出さなかったわ」
「お姫様は手紙に何て書いてたんだ?カペル」
アギーレが聞いたがカペルは口をつぐんでいて、サウォークが代わりに答えた。
「詳細はわからんが、ロト風に推理すればこうだ」
彼女はこれ以上の戦いは断固、避けたいと思っているようだった。
ラベル地区と、モントルー地区は仲が悪い。
もとを正せば、トゥアナたちの父親であるエグル・ラベルよりも、曾祖父の息子であるベルガ・モントルーこそ跡目に相応しいとする考え方があり、その考え方はラベル地区においてさえ、ある程度支持されていた。
力の増大を狙ってラベル公は、トゥアナとの縁談で隣のソミュール地区を味方につけた。
これで、ラベル公の勢力は一時的に1.5倍になった。
ラベル地区は、むしろ伯の領民とは同一民族のようなもの、山岳派は少数派になった。
説明をしながらロトは振り向いた。
『わかります?サウォーク?』
『うんまあ、ふわっとなら。ラベル地区+ソミュール地区 VS モントルー地区、ちゅうわけだな』
『ですが、昔ながらの地域の区割りで言えば、やっぱラベルとモントルーの繋がりは歴史があるし長いのです。今回の戦いに山岳派が駆けつけなかったのはそれでだ。山岳派は独立独歩の精神はもっと強い。それでも数では勝てないしも地の利も悪いから、内心は王都との交渉を望んでいるはずです。トゥアナはそのあたりを繋ごうとしているのではないでしょうか』
「へー、ご苦労なこったねえ」
カペルは黙っているが、沈黙が肯定していた。
サウォークが腕を組んで渋面を作る。
「あの姫様はラベル地区の心臓部に、山岳派を引き入れるつもりなのかな?」
「そうしなきゃあ収まらないだろ。和平ってのはそういうことだ。無理をぶっこむのさ。でなきゃ争いなんてはじまってねぇや」
アギーレが口を曲げて皮肉にカペルに語り掛けた。
「カペル、大丈夫かよ?お前のお姫様はかなり食えない奴のようだぜ」
使者のやりとりが続いて、画家は何度も二つの軍の間を走った。
それからお互い選出した武装解除をした兵士たちによって、野原の中央に簡単な幕屋がたてられた。
各々、配下を五人ずつ選ぶと、全軍の前で武器を外して、中に入った。




