坂道と青草 3
部下たちが慌ただしく走り回るのを制し、不用意に騒ぐなと言い付けて二人は幕屋の入り口をくぐった。
「スパイか?わざわざ女を使うとは」
「男装しておりました」
「へえ?じゃあ双子だな。こんな場所までご苦労なこった」
幕屋の中央には、兵たちに取り囲まれて娘が一人、悲痛な表情で立っている。
双子じゃない。
カペルは、そう思いながら無遠慮にじろじろ眺め、そこでやっと、なぜあれほど人だかりが出来ていたのか理解した。
幕屋のど真ん中に、並外れて綺麗な娘が、大きな目に涙をいっぱいに溜めて立っていた。
土臭い軍の中で、薄汚れた一兵卒の服を着ていても、その美しさは飛びぬけていて、長い睫毛、そこは姉のトゥアナと同じ栗色の長い髪、光が差しているのかと疑うほど際立っていた。
カペルの後ろでサウォークが居住いを正した。
「あなたはアウナさまですね」
カペルは眩しげに目を細めていたが、振り返ってサウォークに聞いた。
「えーと、三番目?」
「四番目だよ、バカ。覚えてろよ」
アウナは祈るように手を握りしめて前に進み出た。
「カペルさまを幕屋で待ってたの。話したいことがあったのです」
(姉妹で似たようなこと言いやがって)
優しいとびきり大きな目をした、おとなしそうな顔をしている。
少しふくらんだ真っ白い頬からして、どこもかしこも柔らかそうだ。
サウォークが徐に咳払いをした。
「どうぞどうぞ、お話があるなら二人きりにして差し上げますよ~。ごゆっくり、えへへ」
後ろも見ずにカペルは冑を思いっきり投げつけて、クリーンヒットした音がした。
(ロトの差し金じゃないだろうな?)
出て行こうとする兵士を捕まえてカペルは声を潜めて聞いた。
「おい、あいつはおれの部屋で何をしていた?突っ立って待ってたのか?」
「手紙の束をかき回していた所を捕えました」
反射的に胸に手を置く。
それから、外に向かって叫んだ。
「お前ら待て待て、ちょっと待て、出ていくな!」
もう既成事実はまっぴらごめんだ。痛くもない腹を探られたくない。
兵士たちがずらりと囲む中で、椅子に座って難しい顔をしているカペル、娘は彼に必死で語りかけた。
「ベルガの所に行くんでしょう?連れて行って。邪魔にはならないから、お願い」
またテントの外でがやがや話し声がして、一人が叫んだ。
「追って伝令です」
アウナは飛び上がって両手を押しもんだ。
「きっとウヌワでしょ?送り返さないで。帰りたくないの!」
どうやらアウナの中で、お姉さまと言えばトゥアナで、二番目の姉は呼び捨てらしかった。
少し舌足らずな少女らしい声で甘えるような声を出す。
「お姉さまは、あなた、司令官は信頼できる方だと言ったの」
人波を割って、情けない顔をしたギアズが顔をひょっこり覗かせる。
カペルは、トゥアナの手による走り書きのメモに目を通した。
送り返すか、伴うか、ベルガのもとへ送って欲しい、司令官の意思に委ねる、か。
「アウナさま、困りますにょ、帰りましょ」
ギアズがしきりと囁きかけているが、アウナはぎゅっと口をつむって返事をしようともしない。
「そのおねえさまからは、ベルガの所に行きたいと言うのなら送り届けてやって欲しいとさ」
アウナは満面の笑みを浮かべた。
「お姉さまはわかってくれると思ってた」
後ろから読んでいたアギーレが付け加える。
「邪魔ならば送り返してもらえればとさ」
「やだ、やめて!」
アウナはぺたんと腰を降ろして顔を覆った。
「忙しいな。目が回る」
「一の姫だってこんなもんだろ」
カペルは居住まいを正して、アウナに厳しい調子で尋ねた。
「お前、トゥアナの密命を受けているのか?」
「違う。私はあの城にいたくないの。戦いになったとしても、本望です」
想像してたのとはずいぶん違うな、とカペルは考える。
おとなしい、内気な娘だと(ロトに)聞いていたが?
「どうするんでしょう?」
「普通に考えれば送り返すだろう」
後ろで兵士とサウォークが話しているのを後目に、カペルはアウナに向かって言った。
「あんたはモントルー公の所に行きたいんだな?これから戦闘になることは理解しているんだな」
「はい」
「おれはトゥアナに全権を委任されている。彼女は覚悟していると言った。後のことは知らない。戦闘に巻き込まれて死んでも文句は言うなよ」
カペルは立ち上がって命じた。
「離してやれ。モントルーの部隊はそこだ。行けばいい」
周囲が騒めき、腕組みをして見守っていたサウォークが間に入った。
「おいおい、カペル」
「めんどくせえだろ」
カペルは吐き捨てた。
「人質だなんて言われちゃこっちだって迷惑なんだよ!」
そんなやりとりを、四女は飛びぬけて大きな目を見張って不安そうにじっとこちらを見ていた。
そんな目で見られるとこっちが不安になってくる。
「供を二人つけてやれ。連れていくのは…ギアズ、お前だな。ちょうどいいや、着いて行けよ」
全速力で逃げようとしたギアズはアギーレに捕まって、首根っこを押さえられて情けない顔をしている。
士官を一人選び、耳にささやく。
「いいか、あの小娘を連れて行ったら、モントルー公に伝えろ。一の姫から手紙を預かっている。おれが直接渡すって」




