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ラベル・エラベット  作者: 天海 悠
回廊にて
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坂道と青草 2








 トゥアナをにらむ次女ウヌワ、目はそれほど大きくないが細面ほそおもてで色白で、なめらかな肌はしみひとつない。

 他の娘たちが華やかすぎるのだ。

 だが自身もそれなりに美しい女が、髪は白髪混じりになり、顔をこわばらせて姉を糾弾する姿は、迫力があって恐ろしいものだった。


「領民に顔向けできないような恥ずかしい真似をしても、とことん女王様気取りなのね。この場にいる誰も、誰一人、あなたのしていることを立派だなんて思ってない」


 ロトは背中に手を回し、能面のような顔になった。とりあえず収束を待つしかない。


「何もしても私は特別、みたいなお綺麗な顔をして、要はセレステと一緒、ラベルの名前を汚している」


 女たちが皆、一斉に下を向き、セレステは視線をらせて苦笑した。


所詮しょせん、女子は女子。皆は気を使って言わないだけよ。あなたに、お父さまの、替わりは、出来ません!」


 ウヌワが肩で息をはじめたその時、ニマウが出し抜けに口を挟んだ。


「あのさ、ねえさんたち。この人もいることだし、ちょっと聞いてくれる?」


 この人とはロトの事を指しているらしかった。

 非難されている長女に助け舟を出したと言うよりは、騒ぎに便乗したいらしい思惑が見てとれた。

 オノエが続ける。


「あたしたち言いたいんだけど、どっちかにしてほしいの」

「今のままだと、午前中は日が昇ってからがっつり勉強、午後は日が暮れるまでがっつり家事手伝い」

「もしくはその逆」

「休む所がないの。今は非常時なんだから、勉強とかどうでもよくない?」

「家事も使用人いるのに意味なくない?」

「少しは休もうよ。せめて一日おきとかにして」


 するとトゥアナとウヌワは体の向きを変え、同時に口を開いて、妹たちを猛然と責め始めた。


「そんな、言うほどあなたたち課題をやってるかしら?いつも中途半端で放り出してるじゃない」

「逃げ出してばかり、剣を振り回してばかり、休むって休んでばかりじゃないの。やる事は山ほどあるんです!」

「そんなぁ!」


 そこで全員が喋り始め、侍女たちまで加わってわぁわぁぺちゃくちゃとすごい騒ぎになる。

 侍女が抱いていた赤ん坊まで泣き出し、セレステが急いで走り寄って抱いてあやす。

 使用人たちは全員、足を止めてこちらを見ている。


「お静かに!」


 たまりかねてロトが間に割って入った。


「確かに非常時です」


 赤ん坊はまだぐすぐす泣いている。


「ここは提案ですが、午前と午後、妹さんがたの課業の時間を減らしましょう」


 双子が揃って口を押さえ手を頬に当てた。


「うっそ、マジで!?」

「その代わり内容は減らさない。あなた方も集中して終わらせなさい」


 双子のみならず、末のテヴィナもがっくりする。


「はぁ~。そうそううまい話はなしか」

「当たり前です。姉上方は正しい。若い頃に精進しておくべきなのです。しかし自由時間は増えますよ」


 ロトは、トゥアナとウヌワを振り返って促した。


「ご自分の日課にお戻りください。妹君がたには少し、私からお説教を致しましょう。これも聖職者の務めです」


 ウヌワは、セレステが赤ん坊を抱えていることに気が付くと、引ったくるように奪い取り、セレステはまた苦笑する。

 姉二人が侍女たちと東西に去ると、ロトは厳しい顔をゆるめて、穏やかに聞いた。


「一時とは言え、解放して差し上げましたよ」


 ここへ来てから常に、怖い恐ろしい顔で胸を張り、カペルも叱り飛ばしていた背の高い男を、少女たちは疑わしげに下から見つめた。今朝は軽服で聖職者の黒服も来ていない。


「お座りなさい、いい陽気です」


 どこから出したか、小袋から砂糖菓子を取り出した。


「何これ」

「こんなん持ち歩いてるの?」

「運動には適度な糖分補給が必要なのです」


 わっと少女たちが群がった。ロトはセレステも促したので、少し離れた場所にいた彼女も受け取った。

 口を動かす子供たちに、ロトはたずねた。


「あなた方、姉上のうちどちらかとなれば、どちらを選びますか?」


 オノエが答える。


「勉強三昧はウザいけど、トゥアナねえさんかな」

「これでウヌワがいなければわりと自由なのよ。二人そろうとろくなことがないの、張り合っちゃって」

「ここのとこ二人とも気が立ってたしね」


 ロトは、この堅物風の男でもそんな顔をするのかと意外に思うような笑顔で微笑んだ。


「武道に通じたあなた方も、姉上には頭が上がらないのですね」

「ウヌワって鞭の達人なんだよね。痛いとこ知ってるの」

「牛馬も自分で追えるしね」

「ふむ、しかしあなたたちと言えど、それぞれに好みもやりたいことも違うでしょう」

「そうなのよ!」

「あんた話わかる~!」


 オノエに背中を叩かれてロトは一瞬、むせた。


「わたしは勉強きらい。ウヌワのほうがまし」

「アウナはトゥアナねえさんね。頭っからウヌワをばかにしてる」

「だからってトゥアナに全面的に賛成ってわけでもないよね。あのひとベルガ教だから」

「お母さんも山岳地方出身だし、もともとあっちの暮らしが長かったの」


 ロトは慎重に口を挟んだ。


「じゃあ、アウナ殿の行き先とは、やはり…」

「決まってるでしょ、モントルー地方一択だよ」

「昨日、ひとりじゃ逃げ出せなくて入口でもたついてるから、間抜けそうな兵士の頭殴って、服を取ってやったの」

「私も夜はいたって言わされた」


(こいつらもグルか…)


 副官は笑顔の裏でため息を付く。ニマウは皮肉に唇を歪めて言った。


「死んでもいいって思ってるんじゃないの。あの子おとなしそうな顔して、ある意味ウヌワに輪をかけて頑固だもの」







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