回廊にて 2
カペルは振り向きもせずに進みながら、いっそう脚を速めて振り切ろうとしたが、ロトも脚を速めるだけだった。
サウォークはついていけずについに小走りとなった。
剣ががちゃがちゃ足元で音を立てる。
走りながらまだカペルは耳を塞いだまま後ろに毒づいた。
「もうお前、うるっさい。そっちこそ部下の前だし。だからちょっと言い間違えたんだって!」
横から補佐官のサウォークが唇に指をあてて二人を制した。
城の住民は不安そうに、部下たちは不思議そうに見ている。
司令官の部屋となった私室に入ると、ロトは部下たちの鼻先でドアをピシャリと閉めた。
カペルは言い訳がましく付け加えた。
「それはちょっと言葉が足りなかったかもしれないけどさ、そんな怒ることでもないだろ」
ロトは頭の毛を逆立てた。
「足りないどころじゃありません!もし領主の娘たちと話がしたければ、その場で、短く、丁重に!」
ロトは息が続かなかったので一旦止めて咳払いをした。
「…と言ったはずです!今後の些事を直接伝えたいので、少しだけこの場に残って欲しい、とか何とか」
「お前の長いんだよ。舌噛んで言えない」
「それだってまずは情勢がもっと落ち着いてからなのに、まさかいきなり私室に呼ぶなんて!それをやったら」
「そうだよ、今すぐやっちゃいますって言ってるようなもんだよな」
「サウォーク、黙りなさい。兵にも示しがつかない。明日はすぐにモントルー地方へ向かうんですよ?」
三人でいれば、堅苦しさは消えている。
サウォークなど、カペルが軍に入隊した当初からの仲なので、すでに指揮官席に座って机の上に足まで乗せてくつろいでいた。
指揮官席と言っても、昨日までのラベル公の公室だ。調度品も重々しく、都の太子の部屋まで広く豪奢といかなくとも重厚に、立派にしつらえてある。
サウォークはそんな黒塗りのオーク材の机の引き出しを適当にあれやこれやと開いてはかき混ぜ、中に葉巻の箱があるのを発見してふたをあけると、端を噛み取って捨てた。
ロトが反射的にマッチを擦って火を付ける。
長年貴族に仕えてきた彼の癖になっているのだ。
葉巻を吸いながらサウォークが聞いた。
「それにしてもカペルお前、いきなり長女さまにぶっこんだなあ。何でなんだ?」
カペルはずっと押さえていた耳をちょっとだけ外して、睨んだ。
「美人でよかったなって言ったのはお前だろうが、サウォーク」
「でもあれは未亡人だぜ」
「こっちを見たんだよ、目が合ったし、話したそうな顔をしているような気がして…」
ロトが天を仰いだ。
「サウォーク、この色ボケ小僧に何とか言ってやって」
サウォークは葉巻を吸いながら指揮官を眺める。
決して小さくはない、彼と言えど武人らしくいかつい体格なのに、ロトの長身とサウォークの大きさに挟まれると、若さも相俟ってどうにも子供っぽく見えてしまうのは仕方がない。
カペル・エラベット指揮官、太子直属の正規軍に入隊してから太子に気に入られ、士官から一足飛びで少将にまで格上げになった。
今日はいかにもいらいらしているが、目がどことなく熱を帯びている。
興奮が血を廻って抑えられない様子が伺えた。