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ラベル・エラベット  作者: 天海 悠
回廊にて
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美女と野獣 1






アウナは廊下を、トゥアナの足をもって死んだような体をずるずる引きずっていった。

途中でふう、と息をつくと汗をふく。

暗い廊下に向かってそっと呼びかけた。


「双子ちゃん、助けて」

「いや助けてもないもんだ。やりすぎじゃない?怖いわ」


暗い物陰から、また少年の服装に身を包んだニマウとオノエが音もなく現れる。

時は決して二人を置き去りにはしなかったとみえ、改めて男の服を着、いかに鍛えられてはいても、女性らしい体の丸みは明らかだった。


「よくもここまでやったね、アウナ」

「恨みが深かったから。割と本気でやった」

「トゥアナ姉さん!大丈夫?死んじゃってない?」

「心臓は動いてるみたい……」


双子はあきれた顔でアウナを見て、それから顔を見合わせた。

こんな状態であどけなくにこにこしているアウナは、確かに笑ってはいたが(笑うのもどうかなのだが)完全に目が()わっていた。


「お父さまとウヌワ以外ではじめて一族を本気で怖いと思ったわ。ウチの家系って怖くない?」

「人のことなんて言えないんだよ、オノエ」

「カペルのお兄さまがね、思いっきりやらないと気絶なんて無理だし、わたしの力ぐらいじゃ死んだりしないから大丈夫だよって……」


にこやかに言うアウナに、双子は顔を見あわせた。


「カペルさんのお兄ちゃんて……まさか」

「まぁたあいつなの!?打ちどころが悪かったりしたらどうするつもりなの!アウナも真に受けないでよ、もうどいつもこいつも無茶苦茶すぎる!」


双子はもう一度、用心深くトゥアナの脈と心臓の音を確かめた。


「殺されたってことにしとく?死体ないけど」

「死因は脳卒中ぐらいがいいんじゃない」



愛し合うのは喜びでも、添い遂げるのは至難の技なのだろう。

状況、運、偶然、時間、すべてが網の目のようにからまって、行く道を定めていく。


馬車の扉が開いたとき、トゥアナは頭に包帯をしてまだ少しぼうっとしていたが、カペルの姿を見てはじかれたようにたちあがり、全身でぶつかるように抱きついていったので、カペルも若干、よろめいたが(こら)えてしっかり受け止めた。

トゥアナは叫ぶように言う。


「妹たちに追い出されましたの。もう行く場所もありませんわ」

「何も言わずに置いて行って、すまない」

「死んだほうがましなぐらい、つらかったですわ!どうかこのまま、連れて行って下さらない?冷たい海の中でもかまいませんの。どうして考え付かなかったのかしら!」


トゥアナがあまりにも大声なので、辟易(へきえき)したロトがばたんと扉をしめてくれた。


パラルの計画、双子の手引きでひそかにトゥアナを(さら)いに来るのに双子づてに話をつけたはずが、まさかこんな気絶してひっくり返って伸びてしまった状態で引き渡されるとは思っていなかったので、みな無言になる。


「てか、ぶんなぐる必要あったん?」

「事情話せば普通に同意するだろ。誰が言付けしたん?」

「パラルがやったが、念のため双子もつけてアウナづてに伝えたんだ」


ベルガにべた惚れのアウナなら、喜んで協力してくれるとふんでいたのだが。

アウナはすまして言う。


「お姉さま馬鹿なところがあるから、ベルガにだけは説明していくとか、誰かに挨拶するとか言いかねないと思ったの」


否定できないので皆は沈黙した。

アウナは叫ぶように言う。


「もう、おねえさまは死んだので! 戻ってこないでね。気絶してるうちに拉致されたんだったらお姉さまのせいじゃないでしょ。 必要なものがあったら言って。後から全部送り届けてあげる。お姉さまの大切な文箱(ふばこ)ごとね!」


全員があっけにとられている中で、アウナはトゥアナを運んできた荷馬車(双子が調達し、デリアが乗せたらしい)にさっさと飛び乗ると、あとも見ずに馬を駆っていってしまった。

残されたイマナとウルマの二人の侍女が、とるものもとりあえずという風にまとめたらしき、いくつかのトランクを 運び込んだ。


「あんたらはついてくんの?」

「ウルマは残ります。ウヌワさまがまだ万全ではないのでね。わたしは地獄の果てまでもトゥアナさまにお供します!ベルガさまとくっつかなかったのは残念ですけど、トゥアナさまがだめって言うなら仕方ありません。でも、こんなお姫さま育ちのトゥアナさまがご苦労なさらないように、しっかり見張らなくちゃ!」

「とんだ小姑つきだ」



子供みたいに甘えてしょげている姿、これまでの手紙、あのキス、彼女の柔らかさが腕の中にある。

カペルは包帯の上からそっと頭を撫でてみた。大きなたんこぶがあって、トゥアナが少し顔をしかめる。


彼女が好きになったのは、彼女がおれを頭から粗暴な奴だと決めつけなかったからだ。

おれを、親切で、優しい紳士だと思っていた。そう扱ってくれた。

本当はそんないい奴じゃなくて、下心ばかりだったのに。


「大好きよ、あなたが私に突然キスしてきたあの時から」

「あの時?」

「そうよ、優しくて思いやってくださって、私のわがままにも怒らず。プレゼントも下さって、そして、突然キスしたのよ!忘れられないわ」


彼女が好きになってくれるならと彼女の望むような男にはなれないがそんなに悪い奴でもないとわかってほしくて必死だった。


「どんな地位も立場も、あなたのあのキス一つにも及ばないわ。わたくし、ほかに何もいらないわ」


そうだ、彼女は触れさせてくれてキスさせてくれた。

(こた)えてくれて、大丈夫だと言ったんだ。


その日からおれの中で何かが変わった。

醜いけだものが王子になれたような変化だ。


トゥアナをよく知れば知るほど、本当にいいと思って、心から大丈夫と感じていなければ出来ない子なんだとよくわかったから、だから、あのキスはどんな誰が許してくれたよりも嬉しかった。


あんな風に受け入れられて嬉しかった。

生きてきて良かったと思った。


こんなに真正面から一生懸命、可愛い娘が愛を乞うているんじゃないか。

手練手管なんて、どうでもいい連中の遊びにすぎないんだ。


そっと腰を捕まえて引き寄せるとびっくりしたような顔でちょっとおびえた仕草で赤くなる。


「あなたに苦労させないために、馬車馬のように働くよ」

「ラベル地区の市民の娘ってことにしてくださいな。大家族の切り盛りに飽き飽きしちゃったの。それで何もかも放り出してあなたについてきちゃったのよ。うそじゃないでしょ」

「名前はそのままで大丈夫なのか?」

「トゥアナってあの地区ではそれほど珍しい名前じゃないんですの」




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