印章 1
「わたしの文箱が見つからない?」
慌ただしく出入りしている侍女のうちの一人が何事か耳にささやき、トゥアナは唇を噛んだ。
それからカペルの方を振り向いて自嘲的に言う。
「分かっているの、こんなことばかりよ」
理由を詳しく聞こうとカペルがトゥアナのそばに寄って口を開いたのに、今度は別の侍女が横からずいっと二人の間に割り込んだ。
「どうか、トゥアナさまご自身で戻られてお探し下さい。そうすればきっと出てまいります」
(どういうことだ)
カペルは肩で侍女たちにぐいぐい押され、むかっとした。
それで負けじと押し返しながらも眉を寄せて考え込んだ。
この騒ぎ、もしかして女主人をこの部屋から救い出すために、侍女たちが総出で企んだのでは?
かすかな疑いを胸にしたカペルをよそに、侍女の中でも特に若くて可愛らしい一人が前に進み出て哀願した。
両手を胸で握りしめ、目には涙まで浮かんでいる。
「どうかトゥアナさま」
なのに姫はきっぱりと宣言する。
「かまわないわ放っておきなさい」
「だってトゥアナさま」
「鍵はここにあるのよ」
トゥアナは胸の真ん中をぎゅっと押さえた。
カペルは我知らず上下する膨らみを凝視してしまう。
押し合っていた大柄な侍女が、恐ろしい顔でカペルの顔を睨んだ。
トゥアナはすっくと立ち上がって続ける。
「隠したってどうせ開けられない。あれは特別製だから、鉈でも斧でも壊せない。いいです。ここにある父の文箱を使います。あなたたちは行って。私はこの方とお話があるの」
「お姉さま!少しは聞いてやりなよ、イマナたちが可哀想」
全員が扉の方を振り向いた。
入り口に少年が二人、立っている。
カペルは思わず目をこすってみた。
瞬きしてみても、目を細めてみても、どこからどう見ても短髪の美少年だった。
トゥアナが困ったように扉に向かって二人を迎えた。
「ニマウ、オノエ」
「双子か?」
おれは一体、さっき広間でいったい、何を見ていたんだろう、とカペルは考えた。
あれほどすみからすみまで観察したはずのトゥアナはともかく、姉妹の中にこんな特徴的な双子がいたら、いくら何でも気が付きそうなものだ。
ふたりは十四、五才に見えた。細い脚が伸びやかに少年風の短ズボンから突き出していて、それでもタイツは履いているから素足ではないのだが、逆に妙に艶かしく見える。
トゥアナは厳しい調子で二人に言う。
「これ以上抜け出すと、今度は地下室に入れて鍵をかけなければならなくなるわ」
すると双子のうち青い服の方が、いきなりカペルの方を向いて、指を胸に指して激しい口調で詰問した。
「司令官、あんた約束できるの?お姉さまには指一本触れないって!でなければ僕たち絶対に黙っていないよ!」
「指ねえ」
アギーレが扉にもたれ、額を抑えている。
侍女たちが傷だらけの野卑な外見におびえてざわめいた。
カペルから見れば、困り顔がわざとらしい。
面白がっているのが手に取るようにわかった。
「無理かなぁ?無理だよねぇ、だって手はもう握っちゃったからな~?」
何ですって!?とか、嫌!だとか侍女たちが口々に騒いで一人など顔を塞いだ。
「えっ?いやあれはだってそんな」
カペルは否定的に手を振った。
「ちらっと助け起こしただけ。そらもう五秒とか、いや三秒くらい。触ったうちにも入らない」
「もっと触りたいよね?」
「そりゃ、まあ」
優しい触感を思い出して思わずニヤけてしまう。
侍女たちは眉をひそめ、双子が憤懣に満ちた表情で詰め寄ろうとする。
だがあっけなくアギーレに片手ずつ首の後ろを捕まれ、引き戻された。
赤い服の少女は冷静さを失わず仏頂面で引き下がったが、青い服の方は足をばたつかせ、腕を振り回して叫んだ。
「離せ!剣さえあれば!この野蛮人!けだもの」
「否定はせんけどしゃあない」
トゥアナが足を激しく踏み鳴らしたので、膨らんだスカートのすそが大きくて動いてふくらはぎまで見えた。
「騒がないで!!私が話したいと言ったからカペル殿は承諾して下さったのです」
「言ったっけ?そんなこと。広間で?」
赤い服の方が腕組みを解いて冷静に片割れに尋ねる。アギーレが答えた。
「聞いてない」
「言ってないよね」
「言わなかった」
青い方と同調し、侍女たちもうんうんと各自、頷いた。
「言ったのです。わたくしがこの、目で!」
一瞬、辺りが静まり返った。
「司令官殿はそれをわかって下すったから、部屋にと言われたのです。さあ、もう皆お下がり。うるさくしないで、二人きりにして!」
カペルは首まで真っ赤になった顔を見られたくなくて、背中を向けていた。
彼女をこの場できつく抱き締めて心からの感謝を伝えたいと思った。
「さあ、早く!」
トゥアナは右往左往する双子の妹たちや侍女たちやアギーレや部下たちまでまとめて全員、部屋から追い出してばたんと扉を閉めた。
最後に押し出された青い方の双子が思いっきり叫ぶのが聞こえた。
「おねえさまのバカ!」
ちらっと見えた扉の向こうは使用人も部下たちもまとめて黒山の人だかりになっていた。