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ラベル・エラベット  作者: 天海 悠
回廊にて
158/162

後始末 2





宮廷はいつも通りの権謀術数と思惑が渦巻きながらも、見た目は和やかで平和な空気が流れていた。典雅な音色が鳴り響く音楽界で、ロトは皇太后に丁重にささやいた。


「ベルガは無事、新ラベル公となり各首長たちにも認められました。そのうちご挨拶に参りますので、真っ先に陛下のもとに参上するよう申しつけました」

「かまいません。わたくしが許します。あの麗しい顔を早く見たいものだわ」


皇太后はひつじの頭を振ってご満悦だった。


「ソミュールには遺児がいます。相手はラベル公の娘、トゥアナさまの妹です。正式な婚姻も行われていた事情もあり、どうか伯爵の地位を継ぐことをお許し下さい」

「よろしくてよ。さすがにソミュール地区まではね!これ以上モントルーがのさばるのを防ぐためにはいいことね」


お辞儀をするロトを喜色満面の笑顔で眺める。


「あれは出来た者ね、下賤にしては…。(カペルのことだとロトは察した)和平もまとめたし、身の程知らずの爵位もあきらめた。分をわきまえているわ。たっぷり報酬をおやりなさい。どういうのがいいかしら?」

「カペルの実家は商館です。ソミュール、ラベル、モントルーとの取引を一手におまかせするのはどうかと推察しますが」

「そうね!商人には商人の報酬があるものね!おほほ」


セレステに伝えてあげないと、と思いながらロトはそっと場を辞した。



最初はこいつ、どうしてやろうかというような難しい顔をしてカペルをねめつけていた太子だが、物おじしないカペルのさっぱりとした表情に、出鼻をくじかれた形だった。

率直で飾らない言葉で、噛んで含めるようにゆっくり事実を一つ一つ述べる説明を聞いてしているうちに、太子は次第に静かになっていった。もともと、気分の上下の激しい扱いづらい太子が、カペルと話していると精神的に落ち着いて機嫌も良くなるので、それで重宝されていた面もあったのだった。


「みんなにとって最善のことって言うのを一番先に考えたということなんだね」

「そんなえらそうな理由でもないんです。ただ、選択肢がそれしかなかった、っていうだけです」

「そっか。カペル、お前は偉いね」


太子はいつになく静かに考え込んでいた。

理性や秩序なんて(はかな)いもんだ。いつまであそこが平和かどうかなんてわかるものか。

理想が高いほど幻滅もする。はみ出た行動をとって欲しくなくて、厳格に理想を押し付ける。人は同じじゃなくて誰も考え方が違うのに、それを自由と称して放任すれば仕組みは崩れ力で押さえるしかなくなってしまう。

またそんなときは来るだろうが。


「お前がコネクションを作ってくれてよかった」

「ロトはしばらくいるっていうし、サウォークはあの土地に水があったみたいだ。おれも、いくつかの地域にまだ火種が残ってるみたいなんで回るためにいったん戻るけど、おさまったらこの地位もお返しします」

「うまく立ち回ればいち地域の領主にだってなれたものを。バカな奴だな。そういうおまえが好きだけどね」


カペルはお辞儀をして立ち上がった。


「失礼します」

「また会おう」

「はい。一平卒として」



アウナが部屋にするりと入りこんできたとき、トゥアナの泣き方はもう子供のような泣きじゃくりとは違っていた。

肩を震わせ、息を殺して窒息しそうにむせび泣いていた。

妹の腕がトゥアナに回って体を強く抱いたのも気づかないほど激しく嗚咽している。アウナはトゥアナの顔を下から覗き込んで、泣き濡れた頬をぬぐって優しく唇をあてた。


「おねえさまかわいそう。目が溶けてしまうよね。鼻が真っ赤になってる」

「だって捨てられたんですもの」


明るくて自由で生き生きした人、あなたは幸せになりたいと思う人、その幸せを、わたくしはあげることができませんのね。

ベルガのいい妻になるしかない。わかっているけど悲しい。胸がつぶれそう。


「ベルガが好きじゃないの?」

「今は無理。何も考えられない。ベルガと結婚しなきゃならないことより、あの人がわたしを突き放したことが悲しい。わたしは…わたしは…ふられたの」

「ベルガがきっと、慰めてくれるね」

「彼でなかったら同情も慰めも、うっとうしいだけ!好きな相手には好かれなくて、うまくいかないと言うより、うまくいくことなんてこの世にはないのね」


アウナの言い方はどことはなしに、乾いた皮肉げな響きがあったが、トゥアナは気付かない。


「私にとって、必死で守ったこの国が、どれほど大事かと思ってくださっている。でも、民や、一族のことばかりを気にして過ごしているうちに、もう、本当の自分が何なのかもわからない」


鼻をすすった。


「こんなにむき出しに好意をぶつけられたこと、はじめてなんですもの」

「本当にそう?お姉さま」

「そうね」


トゥアナは少しだけ泣き止んで考え込んだ。


「あったかもしれない」


洗練されたマナーの意味ありげな貴族たちがいた。その中には、泣きそうな顔で必死になっている姿、面と向かって愛を乞う男らしさ、そんな姿だって、一人や二人あったかもしれない。


私のことを勝手に自分の所有顔してる太子さま。

その気配の中で、いずれ避けられなくても私にだって手管はやれるはず、じらしてやればいいと考えたわ。わざと怒らせるようなこともした。いろいろ試してた。

隙あらばと狙ってる視線や態度に囲まれていた。

離れてくれるなら都合がよかったのに、なかなかあきらめようとしてくれない。離れようとすればするほどしつこくなるの。

牢獄にいるみたいだった。

救いをいつも求めてた。


トゥアナはアウナの手を払って立ち上がった。いつも姉らしく母親がわりらしく、落ち着いて妹に対し邪険(じゃけん)な態度など取ったことのない彼女をアウナはちょっと驚いたように見つめ、少し離れて見守った。


「手紙を大切に取っておいたの。何度も読み返したの。何度もよ」


鼻をすすりながら自分の文箱(ふばこ)を探そうとするトゥアナを、アウナは悲しそうな目で見つめていた。それから自分も手を伸ばして何かを探そうとするしぐさを見せる。トゥアナはまったくアウナに感知していなかった。


「言葉は嘘をつけないの。目が心を鏡なら、言葉は心そのものよ。触れられる心だわ」


トゥアナは箱をかきまわすと、邪魔そうにすべての機密書類をぜんぶ放り出し、部屋は紙の束でちらかり放題になってしまった。

一番奥底からトゥアナが取り出したのは、大切に紐でしばり丁寧に油紙に包まれた手紙の一束で、一番上には小さな枯れ枝がアレンジされていた。


アウナがそろそろと近づいてくる。


彼の優しい心が溢れていた。

彼は風の色を見て、水の流れが読める人。花に目を向けて空の雲の流れに気付く。彼なりの視線でこの土地の美しさを素直に見ることができる人。

私の見たものを見てくれて、そばにいて、いいねっていってくれるひとを探していた!やっと見つけたと思ったの………。


がんとすごい衝撃が落ちてきて、トゥアナは目から火花が出たと思った。鋭い痛みが走ったような気がしたが、その痛みもすぐに感じなくなるほどの激しい衝撃で、首が折れたのかも、とトゥアナは他人事のように考えた。倒れる寸前、ゆっくりとアウナの笑みが見え、手に今度は赤く燃えてはいなかったが、まぎれもなくあの火かき棒が握られているのをかすかに認めた。


「もう本当に、死んじゃえばいいの。お姉さまなんて」


かすれる意識の中で、妹は悪魔のように優しく微笑んだ。


「以前から邪魔で邪魔で仕方がないの。ごめんなさい、おねえさま。どうしてもベルガの心からおねえさまを追い出せないなら、殺しちゃうしかないんだなって……わたし、わたし、わかったの!」


ウフフ、とアウナは頬を赤らめて恋する乙女の純粋さと恥じらいをみせて笑う。


「ずっとずっとベルガを独り占め、いつだって私は子ども扱いよ。いつまでもやさしい子ども抱っこしかしてくれない。どんなにここにいるって!叫んでも目もくれてもらえないわ」

「ちょ、ア……アウナ」

「さっきなんて、もう適齢期なんだものな、べたべたできないよ、なんて言って!そんな彼の背中なんて見たくない。ねえ、死んじゃって?でなければわたしが死ぬか、どちらかなのよ」


ウヌワの意志が乗り移ったかのような火かき棒を、頭上に躊躇(ちゅうちょ)なく振り上げる妹の顔が見え、もう一度、すさまじい衝撃が落ちてきて、トゥアナの意識は本当に今度こそぷっつりと途切れた。





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