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ラベル・エラベット  作者: 天海 悠
回廊にて
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後始末 1






正規軍がついに駐屯地を引き上げ、慌ただしく去っていったのは早朝のことになる。

一旦落ち着いたと見てからのカペルの判断は早かった。

ロトもサウォークも奇妙に静かで、礼儀正しさはよそよそしいほどでトゥアナは別れを自分の中でも他人からもきちんと消化することなどできず、ずっと何か足りないものがある。忘れ物があるという風に目を泳がせて城の中を探していた。


ベルガが正装で訪れ、きちんと貴族の作法に(のっと)った礼をして重々しく切り出した。


「トゥアナ、どうかわたしの妻になって欲しい」


落ち着いて、優しくて、そこにいるのは完璧な貴公子だった。


「背中を向けていたのは私だけではありませんわ。あなたも同じでした、ベルガ」

「どうしてそうなってしまったんだろう」

「小さい頃から一緒でしたわね。父や周囲から将来をほのめかされるたびに、何かとても悪いことをしているような気持ちになった」


「母がはっきりと言いました。ベルガはだめよと」


「わたしもなんだか弟と一緒になるような…お父様と結婚しろと言われているような…あなたは近すぎて実感が湧きませんの」


「とてもよくわかる。無理に近付こうとすることもないのではないかと思っている」


窓の下に、ウヌワが杖をつきながら歩き回り、自分がいなかった時のあちこちの不手際を探す出してはしかりつけている様子が見える。彼女は結局、数日で起き上がり、皆も何事もなかったように扱っていた。

ただ少し、ウヌワの中からは敵意が消えて、気配以前よりも柔らかくなっている。

許され、皆に受け入れられているということがわかって、彼女もほっとしたのかもしれない。


「待てばいい。ゆっくりとそうなっていけば……と思っている」


別人のように明るい顔をしたセレステがいた。あれから片時も息子から離れようとしない。アウナは、少し大人になったようだ。オノエはやっと以前の服に戻り、ばつが悪い顔をしたパラルを驚かせている。逆にニマウがドレスを着てみると、これはまたオノエとは雰囲気の違う女性になっていた。

テヴィは都で非常にうまくやっていますと、母から手紙が来た。


コトンと音がして、ベルガが印章をトゥアナの前の机に置いた。


「カペルがこれをわたしに手渡して行った」


トゥアナはちらっと見て、興味無さそうに視線を窓の外にもどした。


「わたくしがあの方に託しましたの」

「いつ?」

「彼に会った日に」

「ラベルとモントルーの融和のために二つの紋章を組み合わせたこれは、あかしだ」

「あのかたはおとなですわ!ご自分で考えてご自分で一番よい道を選択できるかたです」

「これはエグル・ラベルが、娘の君に託した遺品だ。どれだけ君にとって大事か、私はよく知っている」


アウナは土地に根ざした花のような子で、抜かれたらしおれて枯れてしまう。

双子には体の力を極めることが大切で、それはどこにいたって変わりない。どこにいても彼女らは彼女らでいられる。

ウヌワはこの中央地区に網の目のように張り巡らされた人と家系の網を完璧に理解していてその人と人の中で糸を繰り引いていてこそ生き生きとしていられる。


わたしは?


新しい何かが欲しいんですの。

新しい景色、新しい考え方、新しい生き方が欲しいの。知りたいの。

カペルは私の求めていた新しい何かそのものだった。

知らない匂い、知らない生き方、生き生きとして健康的で、粗野かもしれないけど心があった。まっすぐに好意を向けてくれた。

カペルが私を連れ出してくれると思った。


「トゥアナ、これは君に返すよ。わたしのものではないんだ。その資格がない」

「いりませんわ!そんなもの。新ラベル公はあなたなのよ。あなたがしっかりと管理しなければだめです。そんなこと、もうわたしに言わせないで!」


騎馬隊のくつわがキラッと光るのが見えた気がして

トゥアナは目を皿のようにして凝視した。

刻一刻と離れつつあるという事実を受け入れることができなかった。


「彼は行っちゃった。行っちゃったんですの」


泣き崩れるトゥアナの背中に、ベルガは手を置こうとしてためらった。


「わたし置いてきぼりにされたんです。この土地のために家族のために必死で尽くしてきて、王宮も、ここでもどうにだって、一人だってなんだってやっていける。やれると気概を持っていたのに、世界が一度に色をなくしてしまったみたい。もうやめたい。息が詰まりそう」


ベルガはトゥアナの横に膝をついて手を取り、印章を握らせた。


「君が持っているべきだ。ふさわしい場所なんだから」


そこでトゥアナがじゃけんに腕を振り回したので、ベルガの顎にぶつかって一瞬、火花が散った。


「ほっといて下さらない?思う存分泣きたいの」

「わたしがともにいる」


一の姫は飛び上がって怒り出した。

鼻が赤くて、あのカデンス家で泣いていた顔そっくりだった。


「ひとりにして!ひとりがいいの!誰も来ないでくださらない?あっちへ行って!」


挙句の果てに、机の上の印章をつかむと(一応割れないよう遠慮してか)カーテンに向けて投げつけたので、床に落ちてこつんと音を立てた。


「こんなのあげる。どうでもいいわ!」


わーっと泣き出すトゥアナをどうしようもできなくて、ベルガは印章を拾って仕方なく自分の懐に入れて、部屋を出て言った。そっと扉を閉めるとき、恨めしそうな顔でトゥアナの後ろ姿を見て、自分もちょっと鼻をすすった。


ベルガが離れていき、鎮痛な顔をした二人の侍女、イマナとウルマも離れて行った。


「そっとしておいてあげましょう。少し落ち着くまで」

「ベルガさまと逆転してしまったようだわ。前はそっとしておかなければならないのはあちらの方だったのに」


話し声が廊下に消え、周囲が静かになったとき、そっと物陰からアウナが現れ、扉を開いて中に入っていった。





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