嵐の後 2
ウヌワがやけくそになって起こした火事は、夜が明けてみれば被害は西の塔と古い厩舎の全焼だけで、あとは小火軽度で済んだことが判明した。
「対立を煽ることで得をする誰かがいると考えるべきだ」
まだ その焼け跡も生々しいラベル城の真ん中で ラベル、モントルー含めた有力者を全部集めて会議が始まっていた。
「モントルーには、首長がトップに立つという強みがあるのだから、あとはベルガがどれだけ公平な立場でものを見られるかにかかっている」
トゥアナとロトの助けはあったものの、ベルガのはじめての采配だった。
服のあちこちに焼け焦げを作り、あちこちすすで汚れているが、美貌ははるかに男らしくなっていた。
「姫たちもいるな。全員に言う必要がある」
「ウヌワさまは?」
「具合がよくない。巻き込まれたときに煙を吸われたのだ」
話し合いを聞きながら、悔し紛れにパラルはセレステに囁いた。
「あんたは知っていたの?」
「ロトさんは正直な人よ。私に真っ先に話してくれた」
公表されたって噂になったってどうでもいいってか、ふん。
パラルはふてくされた。
「ここに、書類がある。二つの書類だ。一つは、トゥアナとソミュール伯の離婚を認め、セレステを正式な妻に認めるもの」
あらかじめ知らされていたとはいえ、かすかに場がどよめいた。
「したがって、いまの正式なソミュール伯爵夫人としての未亡人はセレステだ。ソミュールの城にはずっと、正規軍の別部隊が入って駐屯していたが、事情を話し、民にも布告はすませてある。伯の近親からは子供がいるのならば喜んで受け入れるとの返事をもらった」
「あそこんちの妹な、兄貴の遠縁が来るか、別の伯爵が来るかってずっと心配してたんだよ。追い出されちまうから」
この会議の何ひとつ面白くないと思う、頬を膨らませ警戒を帯びた年下の兄の視線がカペルに移る。
ウヌワに脅されて階段で腰を抜かしていたとき、誰かが自分を支えた。悔しいことだが、そのとき一瞬、カペルなのかと思ってしまった自分がいる。その事実がいっそうパラルをむかつかせた。
それで?立派なおくさまをもらって、都でもここでも、ぶいぶい言わせるんだ?あー、むかつくむかつく!
そんな警戒が、ふっとゆるんだ。
魑魅魍魎渦巻く王宮と、こんなとんでもない女たちが走り回ってる城で、こいつも頑張った。割とよくやってたんだな。
ひまを持て余してるのをいいことに、こっそり話しかける。
「実は親父には言ってないんだけど、都の商売があまりうまくいってない。頭打ちなんだ」
「いやあ、兄貴なら楽勝っしょ。何とでもなる」
「なんもわかんないくせにてきとーなこと言うなっ!」
むっとしてやり返すと、調子が出てきたなとカペルは笑う。
悔し紛れにまた皮肉を繰り出した。
「良かったね、親父、あんたを認知するでしょ、今度こそ!」
「パラル、なんでそんなにかたくなに信じ込んじまってるんだか分からないけど、おじさんはおれの父親なんかじゃないし、義姉さんはほんとにお前のことが大好きなんだ」
「……」
「おまえが心配だからおれに聞くんじゃないか。パラルは今日はどこにいった、あそこで見たけど、何をしてるのか、誰といるのかって。おまえがそんな風に暗躍ばっかりしてるから義姉さんが心配になるんだよ」
会議は進み、色々と騒ぎがあったことは、有力者たちの耳にももちろんすべて届いていたが、結果最善の選択肢として、ベルガはあたたかく迎えられたようだった。
「わたしは、ラベル家の姫と結婚して、この争いに終止符をうちたいと思っている。
日取りは追って公布する」
もう涙は流さない。
内心、感激のあまり泣き出したいのはやまやまらしかったが、うっすらと涙が浮かんだベルガの顔を、みな黙って見つめていた。
「正統な後継者として、トゥアナとふたりで、この国をより良き方向に導きたい」
んっ?
とパラルは一瞬、思ったが、もう正直、うまい汁が吸えそうもなくなって地道に稼ぐしかなくなった今、あまり考えてはいなかった。
地方の豪族たちが、ささやきながら通り過ぎていく。
「やれやれ」
「やっと落ち着く所に落ち着いたな」
◇
グアズは捕縛され、ワベアは蟄居となった。サウォークの手を離れても相変わらず荷物のように運ばれていくグアズの頭は、やけどができてつるつるになっていた。
「パラル!お前、お前、裏切ったな!」
唾を飛ばして叫ぶグアズに、パラルはしれっとした顔を取り戻して言った。
勝者には強く敗者にはとことん強く出る。
「最初からお前の味方だなんて言ったことあったかな?」
「乗っ取りだ!強盗!泥棒!お前はよそ者だ!この土地でよそ者がうまくいくと思うなよ、元老院の回し者め。太子の力をそぎ、影響力を強めるために来たんだろう」
ばかにしたようにパラルは舌を出す。 調子を取り戻した彼は相変わらず少女のように美しかった。
「んなもん知らない。金のうわさを聞いたからだよっ」
サウォークが腕を組み、 額にシワを寄せて言う。
「あんな風にな~んもご存じありませんみてえな顔されると、ぞうっと鳥肌がたってきたわおれ」
「見た目、学生にしか見えませんものね」
◇
会議が終わったセレステが真っ先にしたことは、子供部屋へかけていって乳母役の侍女に命じることだった。
「あの子をちょうだい」
「アドラさまをですか?ウヌワさまにお聞きしなくとも……?」
セレステはきれいな腕を伸ばして、乳母の後にあるかごから子供を奪い取った。
「返して!わたしのよ、わたしの!ソミュールのなのよ!」
それから外に飛び出して行って、中庭の真ん中で子供を抱きしめぐるぐる回った。
髪が解けて肩にかかり、陽の中で笑っていた。
アドラは右も左もよくわからない赤ん坊だった状態から、かなり大きくなっていた。
はいはいからよちよち歩きをするようになり、ふにゃふにゃしていた体つきもしっかりとして子供らしくなっていた。周囲を観察をしてはまじめくさった顔をしている。
美しいセレステに抱かれて可愛がられると本人も子供ながらに嬉しいとみえ、声をたてて笑った。
ロトが優しい笑みを浮かべながら近づいてきた。
「もう呪縛はない。あなたは穏やかにに生きていいんですよ」
「本当は、静かに暮らせさえすれば街の踊り子だって、何だっていいの」
息子を頬ずりしながらセレステは言った。
「あなたに証明書の話を聞いて、わたし腑に落ちたしほっとしたわ。 誰にも似てないし、どこか違うなって。 ずっと自分はここの人間じゃないってそう思っていた。闇に葬らずに、みんなが全ての書類をちゃんと残しておいてくれて本当に嬉しかった」
「なんか違うなとはまあ、みんな思ってたよね。でも誰も何も言わなかったし。ソミュールのことはよくわからないけど」
パラルの目を欺く必要がなくなってからも、ここのところずっと 身だしなみを整え ちゃんとしたドレスを着ているオノエが言った。ニマウが答える。こちらはやはり動きやすい方が好きとみえ、いつもの恰好に戻っている。
「それはトゥアナねえさんが許さなかったからだよ。平等で親切だった」
「だれも差別しなかったのはウヌワ殿もでしょう。わたしの目にはそう見えました」
ロトが口を挟んだ。 いつも厳しい顔が穏やかな笑顔を浮かべていた。
「あなた方は、トゥアナさまとウヌワ殿に守られていたんです」