嵐の後 1
西の尖塔が崩れ落ちる轟音に、その場にいた誰もが一瞬、窓の外に目をやった。
その目を戻したとき、ウヌワの姿がそこになく、その場にいた誰もが一瞬、目を疑った。
今の一幕は夢だったのかとさえ思った。目をこすった者もいた。
そこには、ウヌワの代わりにギアズが立っていて、火かき棒をそっと慎重に階段のすみへ置いた。
階段の下から、太い大きな体の上に乗った頭がのぞく。
ロトが声を張り上げたが、まだ緊張を孕んだしわがれ声だった。この奇妙で張り詰めた空気を何とか変えよう、正常に戻そうと努めているようだった。
「遅い!遅かったですよ、サウォーク!」
「西の塔は捨てた。すまん」
サウォークはグアズをまるで赤ん坊をお世話するうように背中に縛り付けていた。途中までは小脇に抱えていたのだが面倒臭くなったらしい。双子の娘たちも、アギーレもいた。
「こいつらが教えてくれた隠し扉、おいらの体でなかなか入れなくてよ、最後は斧でぶっ壊したわ」
「あらかた鎮火できましたか?」
「火の回りが思ったより早くてよ、でも城のみなが総出でやったんだ。思ったよりみんな仲良くなっててよ、連携してたぜ」
カペルが声をかけた。
「大丈夫か、パラル」
「兄貴づらするなっ!弟のくせにさあ!」
くしゃくしゃの髪と汗だくになったパラルは、泣き出さんばかりに飛び上がって、今度こそカペルにとびかかろうとして力が入らずぐったりとなってしまった。
まるでねこがつままれるように首筋を持って支えられる。
舌だけはなんとか動くようになり、腹の中の読モそれなりに健在だったので、ストレスのはけ口にやたらと当たり散らした。
「おまえの何かもが気に入らないんだよっ!こっちはね、頭も使って!働いてんの!消えちまえ、目の前から!破滅しちまえ」
カペルは手を出した。
「出しな。取った他の書類も全部。なくなったら困るんだよ。トゥアナがずっと大切にしてたんだから」
「偉そうに……何を偉そうに……」
悔しげなパラルは、ニマウとオノエが襲い掛かって懐から書類の束を奪い、確認するのを黙認するしかなかった。
「こいつ、本当にあたまに来る!」
「殺されないのが幸運だと思いなよ。ウヌワにおどかされてるのを見たとき、ちょっとだけスカッとしたわ、この悪党!」
二人はパラルが懐深く隠していたニセ印章も取り出して暖炉に放り込んでしまった。
「ざまぁみろ!」
「カペル助けなよ!ぼく、このお姫さまたちに恨まれるような何かした!?」
「アギーレ、そいつをたのむわ。もう悪ささせるなよ。必ず見張っててくれ」
「おう」
皆でお互いを支えあいながら、大広間の火も、城のあちこちで起きた火事もあらかた消しとめられていた。
大広間に降りていき、みなは床にのびているウヌワを、こわごわ囲んで覗き込む。
サウォークのつぶやきが聞こえた。
「やっぱりねーなんて言ったらいいのかな、血が濃ゆい。異常に濃ゆい」
「お許しください、トゥアナさま!」
ギアズが、トゥアナの足元に身を投げ出して大声で泣き出した。
あちこちに焼け焦げを作ってはいるが、弟のグアズのように焼かれてしまうことなく、かろうじてまだ残っている頭の上の毛がふわふわ揺れた。
「本当はあたしの口からウヌワに言わなくちゃならなかったのですにゃ。小公子さまのことを、本当のことを!知っていましたのに、知らないふりをしていたのですにゃ、も、も、モントルーが嫌すぎましたのにゃ……」
最後の方は、ベルガとアウナに聞こえないように口の中でつぶやいただけだった。
ウヌワに知らせたのか。セレステのことを。
カペルはトゥアナの鎮痛な顔を見て察した。
戻って来るときに馬車の中からばらまきまくった書類の中に、真実を知らせる手紙があったに違いない。
ずっと小公子の存在に望みをかけていたウヌワは、はじめてセレステのことを知った。
「あれは、油と薪を用意して城ぜんぶに仕掛けるように命じはじめたんですにゃ。モントルーを追い出すためと言ってましたが、どんどん、どんどん積み上がっていって!怖くなったのですにゃ。お許しください、さっきウヌワを背後から殴りましたのはわたしです。死んでなければいいのですがにゃ」
「あれがおまえごときの一撃で簡単に死んじまうタマかよ!」
ロトが静かに口を添える。
「あなたももう少しはわかっているのではありませんか。トゥアナさまのそばにいて、ずっとそのやり方を支えてきたあなたです。皆、新しいリーダーを求め、期待している。秩序は、守るだけでなく、自分たちで新しく作り上げていかねばなりません」
トゥアナはギアズの手を握って優しく撫でた。
「許してもらうのはわたしの方ですわ、ギアズ。ここまで支えてもらったのですから。黙っていたのをここで話してしまったのはわたくしも同罪です。城は最悪を免れました」
「わかっていました、わかっていたのですけどにゃ……文箱も隠して……もうおそばにいる資格はないですにゃ」
「あなた、文箱を燃やしてしまうこともできたんですのに、何もかもなき物にしようとはなさらなかった、そうでしょ?」
ギアズはまた泣き出した。
「あなたの良心が、この国を助けてくれたんですのよ」
「トゥアナさま!」
号泣するギアズの後ろで、さっきのグアズそっくりに床にのびてしまったウヌワがかすかに呻いて身動きした。
「あんなでも、あれはうちの奥さんなんですにょ。家のことだけやらせてたらほんとに最高の奥さんなんですにょ」